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三人尼と踊り茸

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どこまでお話しましたか。
そうそう、山中で道に迷った三人の木樵が、踊りながら降りてくる三人の尼に遭遇したところまでで――。

和賀彦が仲間に目を向けますト。
寅麻呂は顔を真っ青にして震えている。
古之尉は額にじっとりと汗をかいている。
それを見て和賀彦は、尼たちの山妖たるを確信した。

「一体、どうしたわけですかな」

古之尉が硬い表情で、踊り狂う尼たちに問いかけた。

三人の尼は三人ともが。
古之尉の言葉に耳も傾けない。

イヤ、もっと正しく申しますト。
踊るのに精一杯なため、応える余裕がないようで。

やがて、己の身体を制するように。
年長の尼が踊り騒ぎながらも。
古之尉に苦い表情を向け。
必死に答えを返しました。

「あ、あなたがたには、さだめし、よ、妖鬼にも見えましょう。た、ただ――」

ト、そこまで答えて、また踊り地獄の中に吸い込まれていった。

年増の尼は断末魔の苦しみの表情で。
年若の尼は怯えきった表情で。
ゲラゲラと笑いながら、歌い踊り。
苦悩の表情で笑う老尼を待ち受ける。

「わ、私たちは、や、山向うの、ちょ、長慶寺の、あ、尼――」

老尼がなんとか絞り出すように、言いました。

「は、花を摘みに、き、来た――」
「花を――」

古之尉が、意外そうに問い返しました。
和賀彦も同じく妙に思った。
木の芽一つ出ない枯れ山に。
一体、何の花を摘みに来たのだろうか。

よく見るト、年増の尼も年若の尼も。
踊り狂いながらも、必死に何かを訴えようトしているようでございます。

「み、道に迷った――」

年増の尼が、ついに口を開きました。

年若の尼は、悲しそうな怯えたような表情で。
何か言いたげながら、何も言えずにいる。

「く、空腹。お、お腹が、す、すいて――」
「た、食べた。食べた。き、きのこ。切り株のか、陰――」

老尼と年増の尼が、続け様に訴える。

「い、一か八か――」
「や、焼いて食べた――」
「食べた、おいしい。あまりに、お、おいしい」
「た、食べた、たくさん。む、夢中に、なって」

その傍らで踊りながら、いつしか年若の尼が可憐に涙をこぼしている。

「か、体、動く。お、踊る、踊る、いやでも踊る」
「と、止まらない。た、たすけて――」

振り乱した髪をかきむしりながら。
年増の尼が訴える。

しかし、その身は陽気に踊り。
顔は苦しみながらも、声は笑い、歌っている。

その腰に結いつけられた花籠に。
まだ残っている、見たこともない奇妙なきのこ。




木樵三人は、踊り狂う三人の尼を。
ただ黙って、しばらく見守っておりましたが。

そのうちに寅麻呂が、恐ろしいことを言い出したのは。
こちらもあまりに腹が減っていたからかもしれません。

「あ、あれをもらって食おう。大丈夫だろう。取られるのが嫌で、適当な嘘を言っているのに違いない」

寅麻呂はもう正気を失している。
和賀彦は背筋に寒気を感じた。
古之尉は相変わらず、押し黙ったまま。
その姿に和賀彦は、失望と恐怖を感じました。

「だ、だめ。あ、あなたたちは、食べる、いけない――」

年増の尼が必死に止めるのを聞きもせず。
寅麻呂は尼から花籠を奪い取る。
三人の尼が取り返そうト、寅麻呂を取り囲んで踊ります。
寅麻呂はそれを振り払って、投げるように口に入れました。

やがて、こぼれる柔和な笑み。

寅麻呂は、甘露を口にしたかのように。
うっとりトした表情で、きのこの味わいを噛みしめる。

その姿を、古之尉がじっと見ております。
寅麻呂は視線に気づくト、籠の中からきのこを取り出しまして。
古之尉に捧げるように、目の前に差し出した。

和賀彦は、古之尉がどうするか見守っておりましたが。
老杣人は悩んだ挙句、一つを受け取って口に入れた。

そして、こぼれる柔和な笑み。

和賀彦は思わず、二人から顔を背けた。

そのうちに、聞こえ始める陽気な歌声――。

ゾッとして振り返る。
古之尉と寅麻呂が。
世にも楽しそうに踊っている。

ふたりとも至極の笑みを浮かべながら。
口をもぐつかせ、歌を歌い、激しく体を揺り動かしている。

怯える和賀彦に、二人の大人が迫ってくる。

「和賀彦、お前も食え」
「食え、なんてことはない」
「こんなにうまいきのこは二度と食えないぞ」

和賀彦は、思わず逃げ出しましたが。
ふたりが楽しそうに笑いながら、追いかけてくる。

ついに、若者は満面の笑みの大人ふたりに捕まりまして。
羽交い締めにされ、無理矢理にきのこを食わされた。

途端に気が遠くなったように、朦朧として。
和賀彦も、何も気にならなくなっていた。

しばらく、顔を見合って笑っては歌い。
いつしか踊りだしている三人。

ふと見るト、尼たちの姿は消えている。

三人は踊り疲れても、まだやめられず。
踊り歌いながら山を降りていき。
麓の里人たちを大いに戦慄せしめたという。

そんなよくあるはなし――。
もとい、余苦在話でございます。

(「今昔物語集」巻二十八第二十八『尼共、山に入り茸を食ひて舞ふ語』ヨリ)

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コメント

  1. おはようございます
    今朝は暗いうちから天井裏で獣だか物の怪だかむやみに騒いで眠られませんでした
    わたくし生まれは砂村でございます。今はこうして信州の山里にひっそりと身を隠し世を憂う日々、都の便りをネットサーフィンにて懐かしく思う身の上でございます。
    茸の季節、お話のように踊り狂うものの影を山でしばしば見かけるものでございます。あれは人かそれともシカに化けた山の怪しか、都会のほうではハロウウインなどと踊り狂っているのをうわさでは聞きました。
    相互リンクなどできましたらよかったのですが、また立ち寄らせていただきます

    • onboumaru より:

      初めまして。
      コメントありがとうございます。

      砂村のお生まれですか。
      ここは川もあり、遊歩道もあり、本当に良いところですね。
      六年前に越してきましたが、ずっと住みたいと感じさせる街です。

      是非またお立ち寄りください。