::お知らせ:: 画師略伝 葛飾北斎 ―画狂老人は一処に安住せず― を追加しました
 

死に埋め婆の声がする

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こんな話がございます。

俗に「偕老同穴の契り」ナドと申しまして。
夫婦の仲が睦まじく、固い信義で結ばれていることを指しますが。
「偕(とも)に老い、死しては同じ穴(墓)に入らん」ト。
マ、字句の意味としては、そんなところでございましょうナ。

時々、口説き文句に使う輩もおりますが。
これは気をつけなければなりません。
死して同じ穴に入るためには。
先に死んだ方が、生きている方を待つことになる。

穿った見方と言えばそれまででございますが。
あまり気持ちのよいものではございません。

さてここに、一軒の何の変哲もない百姓家がございまして。
老人とその古女房が住んでおりました。

このふたりがまさに「偕老同穴の契り」を地でゆくような夫婦で。
四十年間、喧嘩一つしたことのない、仲の良い夫婦でございます。

ところが、時というものは残酷なもので。
婆さんのほうが、やがて病の床につく。
爺さんのけなげな看病も虚しく。
女房はついに、黄泉の客となる。

爺さんは寂しさのあまり。
体の力が抜けてしまいましたが。
うなだれてばかりもいられません。
生前、婆さんから頼まれていたことがあるからで。

「爺さん。わたしゃ死ぬのは構いませんが、爺さんが独りになるのが不憫です。偕老同穴の誓いを立てましたからには、爺さんがあちらへやって来るまで、わたしゃこの家で待っておりましょう」

婆さんはそう言って、あることを爺さんに頼みました。

「私が死んだら、爺さん。死骸を寝間の壁の中に埋めてくだされ。この家の一部になって、爺さんが寂しくないように見守りましょう」

これを聞いた爺さんも。
そりゃありがたいと喜びまして。

どちらの壁が良いだろうか。
やはり北側の壁が良かろうかナドと。
婆さんが早く死なないかト待っていた。
――わけではもちろんございませんが。

「この家の一部になったって、それだけじゃおらにはわからねえ。たまには声を掛けてくれよ」

ト、無茶な注文をいたしましたが。

「はいはい、それでは毎晩、爺さんが寂しくないように声を掛けましょう」

ト、むやみな安請け合いがあったもので。

さて、ついに婆さんがあの世の人となりますト。
爺さんはさっそく、家の壁に穴を開ける。

まだ温もりの残る婆さんを。
穴の中に丸めて埋めまして。
上から漆喰で蓋をした。

婆さんが部屋からいなくなってしまうト。
爺さんはやはり寂しくなってしまい。
早く声を掛けてはくれまいかト。
死人に呼びかけられるのを待っている。




ト、その晩。

「爺さん――」

壁の中から声がした。

――おッ、婆さんだ。

爺さんが嬉しそうに振り返りますト。

「爺さん、おるかい」

婆さんが爺さんに呼びかける。

「ああ、おるよ」

爺さんが答えるト、婆さんの声は安心したように消えました。

それから、毎晩、同じ時刻に。
婆さんの声が壁の中から呼びかける。

「爺さん、おるかい」
「ああ、おるよ」

爺さんは毎日、婆さんに呼びかけられるのを楽しみに暮らす。
生きて二人で暮らした頃よりも、今のほうが楽しく感じられるほどで。

共白髪を誓った婆さんが死んでもなお。
爺さんは寂しさを感じることなく暮らしておりましたが。

「爺さん、おるかい」
「ああ、おるよ」

「爺さん、おるかい」
「ああ、おるよ」

毎日、毎日、婆さんが。
掛ける言葉といえば、そればかり。

すると、次第に爺さんも。
同じ呼びかけに答えるのが疎ましくなる。

――チョット、一息つきまして。

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