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死に埋め婆の声がする

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どこまでお話しましたか。
そうそう、死んだ婆さんとの約束で、壁の中に埋めた婆さんからの呼びかけに、爺さんが毎日答えて暮らすところまでで――。

「爺さん、おるかい」
「ああ、おるよ」

「爺さん、おるかい」
「ああ、おるよ」

婆さんの口調はよく聞いてみますト。
今まで全く気づきませんでしたが。
まるで咎めるような口ぶりにも聞こえます。

その一本調子の詰問が。
毎晩、毎晩、繰り返される。

次第に爺さんは、女房の声を聞くのも恐ろしくなる。

――考えてみれば、死人が口を利くなど、あるわけがねえ。

ト、今更になって、そんな当たり前のことに疑念を抱く。

そう考えてみると、もっと恐ろしいことは。
死人が壁の中に、埋められていることで。

この壁の中で、徐々に腐っていくかと考えますト。
爺さんは我ながら、己の所業が愚かしく思えてくる。
イヤ、もうすでに腐りきっているかもしれない。

ところが、婆さんの方はト申しますト。
こちらは、生前に交わした約束のみが。
この世に念となって、残っているようなものでございますから。

毎晩、毎晩、決まった時間に。

「爺さん、おるかい」

ト、同じ口ぶりで問いかける。

爺さんはまるで四方から、死霊に見張られているようで。
ガクガク震えながらも仕方なく、答え続ける日々を送る。

「ああ、おるよ――。ああ、おるよ――。ああ――」

やがて、冬が来て、雪が降り積もり。
諸国巡礼の六十六部が。
厨子を背負って訪ねてきた。

「一晩の宿を乞いたい」

だいたいこういう輩の大半は。
六部を装った流れ者でございますから。
どこの家でも戸さえ開けない。

ところが、爺さんにとっては渡りに船で。

今までこの狭い家にたった一人で。
婆さんの呼びかけに応えてきたものですから。
流れ者だろうが、佛道者だろうが。
とにかく誰かにいてほしい。

「泊めてやろう、泊めてやろう。だが、こちらにも条件があるぞ」

六部は爺さんから条件を聞かされる。
あまりに意外な申し出に。
はじめはハッといたしましたが。

この雪の中で凍え死ぬよりはト。
あっさり求めに応じました。

しんしんと雪の降る晩。

六部は囲炉裏にあたって、一人、酒盛りをしている。
厨子の中に背負っていたのは。
観音様でも法華経でもなく。
一升入りの徳利で。

「ありがてえ、ありがてえ。久しぶりに屋根の下で酒が飲めたナァ」

六部は噛みしめるように、ちびちびト飲んでいる。

ト――。

「爺さん、おるかい」

――来たな。




六部は顔を上げまして。
声のした壁の方を振り返り。

「ああ、おるよ」

ト、答えてやった。

これが、爺さんの条件で。

ただ一度、そう答えてやれば。
きっと、静かになるからト。
六部に身代わりを頼みまして。
自身は隣家に泊めてもらった。

ところが――。

「爺さん、おるかい」

突然爺さんの声が変わったのを。
婆さんは、訝しがったのか。
いつまでも問いかけるのをやめようとしない。

「爺さん、おるかい」
「ああ、おるよ」

「爺さん、おるかい」
「ああ、おるよ」

ふと、声がやみましたが、しばらくすると。

「爺さん、おるかいッ」

ト、声を張り上げて聞いてくる。

六部は約束が違うじゃないかト。
たいそう、腹を立てまして。

「爺さんッ、おるかいッ」

ト、いっそう声を張り上げられますト。
思わず、本当のことを言ってしまった。

「爺さんなら、よその家へ遊びに行ったよ」
「爺さん、おるかい」
「今夜は帰らねえってよ」
「爺さん、おるかいッ」
「いい加減、お前さんに愛想が尽きたってさ」

恋に破れた乙女のように。
婆さんの声は急に静かになりました。

翌朝、爺さんはこっそり帰ってくる。
六部から昨晩の様子を聞いてみて。
もし、その気があるなら今晩も頼もうト。
我が家の引き戸を開けますト。

囲炉裏の前に、六部の姿が見当たらない。

ト、そこへ――。

「爺さあぁん、おるかあぁい」

まるで釣り鐘の中に閉じ込められたように。
婆さんの声が四方八方に響きます。

ふと、件の壁に目をやると。
大きな穴が乱暴に空いており。
昨晩泊めた六十六部が。
引きずり込まれるようにして、死んでいた。

その日の暮れ方。
隣人が様子を見に来るト。
爺さんから聞かされていた六部も、そして爺さんも。
どこにも姿が見当たらない。

婆さんが埋められているという壁も。
特にそんな形跡はございません。

「柄にもなく、悪い冗談を言うもんだ――」

ト、よく見るト、その壁の片隅から。
老人の片足らしきものが突き出ていた。

そんなよくあるはなし――。
もとい、余苦在話でございます。

(肥前ノ民話ヨリ)

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