人知れず美しい婿

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こんな話がございます。
平安の昔の話でございます。

当時、東国ト申しますト。
原生林やら手つかずの土地もまだ多く。
まつろわぬ蝦夷も北にたくさん住んでおりましたので。
都からはまるで、鬼の棲む地のように思われておりました。

とは言え、未開の地であるがゆえに。
己の土地を得るべく、都から下ってくる貴人もまた多く。
有名な平氏にしても、元は坂東の開墾者でございます。
臣籍降下した親王が、東の地をみずから切り拓いたのが始まりで。

平将門公の叛乱も、元を糺してみますれば。
切り拓いた土地の領有を巡る、一族内の争いが発端でございます。

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さて、その頃、とある集落に長者が一人おりまして。
この者には、美しい娘が一人おりました。
あまりの美しさに、幼い頃から手塩にかけて育てられましたが。
年頃になり、そろそろ婿を取らねばということになった。

「こんなに美しく育った娘ですもの。婿を取るにも、天下一の美男子でなければなりません」

母が常日頃、そう言って譲らないものですから。
これまで幾度、縁談がお流れになったことか分かりません。

当人は幼い頃から箱入り娘でございますから。
何事もみな、親の言いなりでございます。

ト、そんなある日のこと。
集落に妙な噂が立つようになった。

なんでも、都から下ってきた旅の一行が、この集落を通って行く予定だとかで。
その主人たる都人が、これが天下に二人とない美男子だとのことでございました。

娘もやはり、年頃でございますから。
鄙でそんな噂を耳にするト、なんだか心がそわそわする。
長者夫婦もその様子を見てとりまして。
この都人を招き入れて、縁談を申し入れようト、考えた。

数日後に、噂の都人が長者の家のある集落を通りかかる。
噂に違えず、大勢の従者を連れております。
その主人はト申しますト。
美しい顔を出し惜しみするのか、絹で首から上を覆っている。

顔を覆った都人は、直接話をしようとはしない。
すべて、従者が言葉を取り次ぎます。
長者はきっと余程の貴人に違いないト考えまして。
一行を屋敷に招き入れるト、丁重に饗応をいたしました。

宴もたけなわになってまいりまして。
都人もみずからの口で話をするようになった頃。
長者は娘を座敷に呼び寄せまして。
思い切って、縁談を切り出してみる。

ところが、これがけんもほろろな返答で。

「私がいると、きっと災いが起こります」

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そう言って、一切話を受けようとしない。

「その訳は」

ト尋ねても、言葉を濁して話してくれません。

それでも、長者夫婦は諦めない。
もとより分限者というのは、たいてい欲の皮が突っ張っている。
押してだめなら引いてみろ、引いてだめなら押してみろト。
しつこく要請しているうちに、とうとう都人のほうが折れました。

「わかりました。そこまで言っていただけるなら、この家の婿になりましょう」

そこで、都人と長者の娘は吉日を選んで婚礼を挙げることとなる。

長者はさっそく、二人の新居と従者たちの住まいを建て始める。
その間、旅の一行は、近くの寺に宿を借りまして。
主人の都人は、毎晩そこから娘の寝間へ通っていきました。
当時は、正式な婚礼の前に、男が女の寝間へ通うことがしきたりでございます。

コツ、コツ、コツ、コツ――。

夜ごと、沓音を響かせて寝間に通ってくる都人。
まだ見ぬ美しい素顔に憧れを募らせて。
娘は小さな胸を高鳴らせている。

愛欲の波が静かにうねる。

やがて、夜が更け、朝となる。

ただ一つ、娘が寂しく思ったことは。
都人がいつまでも素顔を見せてくれないことで。

それを察したのか、ある晩のこと。
都人はいつものように娘を抱き寄せますと。
耳元に口を当て、ささやくように言いました。

「私の素性は婚礼の日に明かします。故あって、今はお知らせできませんが、そう寂しがらずに待っていてください」

娘はその優しい心根に、身もとろける気分になりました。

それが後の災いの伏線であったとは。
この時は露ほども知りません。

――チョット、一息つきまして。