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手っ切りあねさま

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どこまでお話しましたか。
そうそう、継母に手首を斬られたサトが、許婚である日野屋の若旦那を頼っていくところまでで――。

夫のお墨付きもございまして。
日野屋の者たちも、徐々にサトを受け入れる。
初めの女中などは、「手っ切りあねさま」ナドと呼んで懐いている。

それから幾月かを夫婦で楽しく暮らしまして。
やがて、サトが子を孕む。
ト、ちょうどその時、若旦那はよんどころない事情で西国に立つことになった。

「お父つぁん、おっ母さん。子どもが生まれたら、どうか手紙で知らせてください。サト、無理せず体を大事にしろよ。二人を本当の親と思って、甘えればいい」

それから十月十日が経ちまして。
月満ちて、サトは元気な男の子を産みました。

日野屋の両親は大喜びで。
さっそく、手紙を書いて倅に知らせようといたします。

「倅や、嫁のサトが無事に子を産んだ。男の子だ。お前も早く帰ってこい」

ト、まあこんな内容の手紙でございます。

託された使いの若い衆も、この慶事に大喜びで。
喜び勇んで、余計なことをしたのがアダになった。

若い衆は気を回したつもりで、サトの実家にまで知らせに行く。
父親は家を留守にしておりまして、後妻が一人でおりました。

「おお、そうかい。そうかい。わざわざここまで寄ってくれて悪いねえ。お礼とお祝いを兼ねて、お前さんに酒を振る舞おう」

ト、珍しく愛想が良いのは、腹に一物があるからで。

どんどん酒を注がれて、やがて若い衆がぐでんぐでんに酔ってしまう。
その隙に、後妻は状箱から手紙を抜き取りまして。
中身をこっそり入れ替えた。

「お前が家を留守にしている間に、嫁は手のない子どもを産んだぞ。早く戻ってきて、母子ともに追い出してくれ」

この手紙を受け取った若旦那は、特に動じはいたしません。
むしろ、両親の変節を意外に思い、筆を執って返事を書いた。

「手がなくても我が子は我が子です。どうか、追い出したりなどせず、妻と子を労ってやってください」

若い衆は、若旦那からの返事を大事に受け取りまして。
日野屋へ戻る途中、またもやサトの実家に立ち寄りました。
酒の味が忘れられなかったのかどうかは知りませんが。
性懲りもなく、また酔わされる。

「手無しの子は、どこまでも手無し。そんな化け物のような子どもは我が子ではないから、母親ともども追い出してしまってください」

この手紙を受け取った両親ももちろん驚きましたが。
最も驚いたのは、言うまでもなく妻のサトで。
西国にいい女ができたのかもしれないト。
つい疑ったことだけが、その罪でございます。

引き止める日野屋の両親に、サトは暇を乞いまして。
乳飲み子をおぶって、婚家を出る。
昼夜あてどなく彷徨っていると、とあるお堂にたどり着いた。
サトは、疲れと悲しさとで座り込んでしまいました。

「観音様、どうかお慈悲でございます。せめて斬られた手がもういちど生えてくるようにしてください。子どもを育てるのに、この片腕では――」

その晩はお堂で寝て、翌日またどこへともなく歩いていきますト。
諸国巡礼の六十六部が、いつの間にか隣を歩いておりまして。

「どんな道に出ても気にせず歩いておれば、いつかひょっこり手が生えてくるぞ」

ト、言いましたが。
その時にはもう、六分の姿は消えていた。

サトは不思議に思いつつ歩いておりますト。
いつしか、険しい岩場に出ておりました。
背中の赤子が泣きわめく。
乳を欲しがっているのに違いない。

だが、サトは疲れと飢えとでもう乳が出ない。




せめて水でも飲ましてやろうと。
岩場から沢に降りまして。

かがんで手を伸ばしたその拍子に。
背中の子どもがすっと紐から抜け。
あわや川に落ちそうになった。

「危ないッ」

ト、両手を差し出したその刹那。
切り落とされた手首の先から。
ぬうっと手が伸びて出た。

両手に赤子が捉えられている。

サトはおもわず涙を流し。
これも観音様の御慈悲であろうト。
その手で我が子を大事に抱きかかえ。
力強く前へ前へ歩いていきますト。

岩場の向こうに一宇の寺がございました。
サトは事情を話して一夜の宿を借りる。
和尚が二人を哀れに思い、寺に留め置いてくれました。

なんとか命をつなぐことはできましたが。
かえすがえすも恨めしいのは、変節した夫の若旦那。

怨みのうちにも、月日は夢のように過ぎ去りまして。
子は早、四歳になっている。

しかし、サトは一日たりとも。
夫への恨みを忘れたことがございません。
信じた分だけ、憎しみが深い。

ある時、子が境内で遊んでいるト。
旅姿の若い男が、ふと現れて子を見つめている。

「良かった。探し歩いた甲斐があった。おいで。お父つぁんだよ。私はお前と生き別れたお父つぁんだよ。さあ、おいで」

ト、手招きをしている。
言うまでもなく、日野屋の若旦那でございます。

ところが、子どもは父の顔など知りませんから。
怖がって近づこうといたしません。
若旦那は無理もないと思いまして。

「それなら、おっ母さんを呼んでおいで。お父つぁんが迎えに来たよってな」

子どもは言われたとおり、母親のもとに戻りまして。
こんな人にこんなことを言われたと知らせましたが。

かつて己を奈落の底に突き落とした怨敵が。
再び安楽を打ち破りにやって来たものですから。
サトは怒り心頭に発します。
そこへ、夫が姿を見せる。

「何を言っているんだい。そんなはずがあるわけないじゃないか。お前のお父つぁんはね、そんな化け物は我が子ではないから追い出してしまえ、と。そう言い放った、鬼畜生のような人間だよッ」

ト、聞こえよがしに言いました。

するト――。

我が子の両手首から先が、みるみるうちに。
まるで、手首の中に吸い込まれるようにして。
スルスルッと、消えていってしまいました。

「おっ母さん、おっ母さん。手が、手が――」

度重なる苦難を経るうちに、心に巣食った瞋恚の情が。
己をいつしか夜叉に作り、図らずも我が子を「手無しの子」にしてしまったという。

そんなよくあるはなし――。
もとい、余苦在話でございます。

(陸奥国三戸ノ民話ヨリ)

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