::お知らせ:: 最新怪異譚 焼き場の妖異が我をたばかる を追加しました

 

黄金餅(こがねもち)

この怪異譚をシェア

こんな話がございます。

俗に「つっけんどん」ナドという言葉がございますナ。
これは漢字では「突慳貪」と書くそうで。
元は仏門の方から出た言葉だとか申します。
「慳」はケチん坊、「貪」は欲張りを指すトいう。

この二文字が一組になっていることを見ましても。
ケチと強欲は一見、正反対のように見えはいたしますが。
実は表裏一体、紙一重の関係にあるのかもしれません。

下谷山崎町に、長屋がひと棟ございまして。
貧乏人の吹き溜まりのような、わびしい佇まいでございましたが。
その片隅に、西念ト申す、くたびれた坊主が一人住んでおりました。

長屋に住んでいるくらいでございますから。
坊主と言ってもまともな坊主ではございません。

いわゆる願人坊主トいうやつでございます。
良く言えば、托鉢専門の民間僧。
悪く言えば、頭を丸めただけの乞食と言っても差し支えない。

参詣、水垢離を代わってお引き受けいたしましょうト。
家々の門口に立って、銭や米をせびります。

さて、この願人坊主の西念でございますが。
近頃、とんと姿を見せなくなりました。
隣に住んでいる行商人の金兵衛が。
大いに心配して、様子をうかがいにやって来た。

「西念さん、いるかい」
「ああ、金兵衛さん。お上がりなさい」

見るト、垢じみた薄っぺらい煎餅布団に丸まって。
かわいそうにぶるぶるト震えておりました。
独り者が病を患っている姿ほど惨めなものはございません。
もっとも、金兵衛も独り者には変わりはございませんが。

「どうした。風邪でも引いたのかい」
「いや、年が年ですからナ。おそらく死病でしょう」
「嫌だな。弱気なことを言いやがって。医者でも呼んできてやろうか」
「結構です。どうせ長くない命ですから。薬に金を使うくらいなら、私は最後にあんころ餅でも腹いっぱい食べて死にたい」
「おかしなことを言いやがる。わかったよ。俺が二つか、三つ買ってきてやろう」
「いや、どうせなら二、三十ばかり」
「そんなにたくさん食えるもんかい」
「いえいえ、無理をしてでも食いますから」

この西念は吝い屋(しわいや)で知られておりました。
なんでも小金をこっそり溜め込んでいるト。
長屋でももっぱらの評判で。

とは言え、いくら人様が出す金だからト。
三十も買ってこいとは、欲の皮が張りすぎている。

それでも、いつになく覇気のない西念を見て。
金兵衛は仕方なく、求めに応じて買ってきてやった。

「さあ、買ってきてやったぜ。遠慮しないで食べなよ」
「はい。ありがとうございます。それではいただきますので、金兵衛さんはどうぞご自分のお宅へ」
「なんだよ。せっかく買ってきてやったんだから、俺の見てる前でうまそうに食いなよ」
「それが、私は人に見られていると、どうも落ち着いて食べられない性分で」
「そうかい。じゃあ、帰るよ。まあ、ゆっくりおあがりな」

追われるようにして金兵衛は、隣の部屋へ帰っていった。

「なんだよ。本当にケチな野郎だな。あれだけの数のあんころ餅を、本当に一人で食おうとしてやがる」

ト、ブツブツ言ってはおりますが。
長い付き合いですから、やはり病状が心配でなりません。
金兵衛は壁の破れたところから、隣の西念の部屋を覗いてみた。

するト、一人になった西念は。
まさか見られているとは知りもせず。
餅を取り上げて二つに割るト。
中から餡をくり出している。




餡は餡、餅は餅ト。
二つの山を熱心に積み上げておりました。

「あの野郎、一体何をしているんだ」

怪訝に思って金兵衛が、じっと覗いておりますト。
西念は懐から、薄汚い胴巻きをスルスルっと引き抜きまして。
片方の端からもう片方の端へ、何やらしごき始めました。

やがて、ジャラジャラと音を立てて出て来る古金の粒。
ざっと見ただけでも、五、六十両はあろうかという。

「ややッ。あいつ、あんなに溜め込んでいやがった」

驚いたのはそればかりではございません。
西念は金の粒を七つか八つ手に掴みますト。
それを餡をくり抜いた餅の中に押し込みまして。
ギュッと握り固めたかト思うト、口に放って飲み込んだ。

これが本当の小金持ち。

あまりのことに金兵衛が、唖然としておりますうちに。
西念はたちまち五、六十両の金を、すべて腹に入れてしまった。

ところが、無理がたたったものか。
やがて「ウーン」ト、唸り声を出しまして。
目を白黒させては、もがき苦しみはじめました。

「西念さん、しっかりしねえ」

慌てて金兵衛は隣の部屋に駆けつける。

「お湯を飲みなよ。この盥に吐いちまいな」

金兵衛は必死に背中をさすってやりますが。
空きっ腹に五、六十両の金が入ってきたものですから。
お湯に掻き回されて、再び喉元へ戻ってくる。
それを吐き出すまいト、また飲み込もうとした途端――。

喉に餅がつかえたのか、西念は目を回したまま、バタッと倒れてしまいました。

「西念さん。おい、西念さん。――ややッ、死んでる」

金兵衛は慌てて大家を呼びに立ち上がりますが。
ふと、思い直して、死んだ西念に目をやった。

――チョット、一息つきまして。

この怪異譚をシェア

新着のお知らせを受け取る