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美女狩り、妖怪斬り

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どこまでお話しましたか。
そうそう、正義を振りかざす嗜虐者の朱鑠が、妖怪が出るという部屋にわざわざ泊まったところまでで――。

「来たな――」

さしもの朱鑠も、剣を握る手に力が入る。
振り返るとしかし、入ってきたのは一人の老人。
白髭を長く垂らし、赤い冠を被っている。
朱鑠の前にこうべを垂れて、礼をします。

「何者だ」

朱が叱咤しますト、老人はビクッと肩をすくめて。

「早まってもらっては困ります。私は貴殿が待っているような妖かしではございません」

ト、後ずさりした。

「では、何者だ」
「この土地の神でございます」

再び恭しく礼をする。
これには、朱もたいそう驚いた。

「貴殿の来訪の知らせを聞きまして、喜んでお出迎えに参ったのでございます」
「土地の神が――」
「貴殿がいらっしゃったからには、百人力。今宵は妖怪変化も殲滅の晩となりましょう」

老人は、いかにも好々爺らしい笑みを浮かべている。
そして左右を見回し、声を一段と潜めまして。

「これからさらに夜が更けますと、妖鬼たちが一斉に襲いかかってまいります」
「やはり、出ますか」
「貴殿のような豪傑を、永らくお待ち申しておりました」

朱はそう聞くと満更でもない。
老人はあくまでへりくだって言う。

「その宝剣を抜いて、片っ端から斬り捨ててやってくださいまし。及ばずながら愚老も助太刀いたしましょう」
「なるほど。左様ならば、我が家宝を抜かずばなるまい」

朱は再び剣を握る手に力を込める。
老人はその言葉を聞くと、安心したように頷きまして。
静かに部屋を去っていきました。

やがて、夜が更ける。

朱は一人、剣を構えて怪を待つ。

風が吹く。
扉が揺れる。
廊下をミシミシと人が動く音。

剣を固く握る。

ト――。




突然、大勢の者たちが、一斉に部屋に押し入ってきた。

顔の青い者、白い者。
無数の妖かしが次から次へと襲い掛かってくる。

朱はここぞとばかりに剣を抜き。
右から左へ、左から右へ。
バッタバッタと、斬り倒してゆく。
手当たり次第とは、まさにこのこと。

息を切らして、部屋を見渡しますト。
残った妖鬼は、わずかに一体。
黒い口に長い牙を生やした者が。
鷹揚にこちらへ向かってくる。

一、――。
二、――。
三ッ。

ズブリッと、宝剣が妖怪の胸元に鋭く突き刺さる。

朱は、最後の怪物も制しまして。
満足そうに旅店の主人を呼んだ。

時まさに鶏鳴。
東の空もまだ暗い時分。

主人ら宿の者たちが、燭台を手に慌てて駆けつける。

「見よ。長年、貴様らを悩ましてきた妖怪どもだ。成敗してやったぞ」

宿の者たちは言われて、部屋を見回します。
床に散乱するたくさんの尸体。

「だ、旦那さま。こ、これは――」
「そう怯えるでない。怪物どもは殲滅した」
「い、いえ。そうではございません。これは、だ、旦那さまの――」

言われて、朱が床を見回しますト。
そこに倒れていたのは、妖怪などではございません。

他でもない、朱鑠の妻妾、子女、下男下女が。
剣に斬りつけられ、血みどろの姿で横たわっていた。

「おのれッ、妖怪めがッ」

ト、ふた声、叫びますト。
朱鑠はバッタリ倒れて、その場ですぐに息絶えたという。

そんなよくあるはなし――。
もとい、余苦在話でございます。

(清代ノ志怪小説「子不語」巻二『平陽令』ヨリ)

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