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橋の上の女童鬼

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こんな話がございます。
平安の昔の話でございます。

近江国の国の守の館に。
勇み肌の若い衆が幾人も雇われておりましたが。

ある夕暮れ時のこと。
この者たちが大勢寄り集まりまして。

ある者どもは、女や喧嘩の話で盛り上がる。
ある者どもは、碁や双六に熱中する。
ある者どもは、酒を浴び肴を食らっておりました。

その時、一座のある者がふと、あることを思い出しまして。

「そう言えば、この近くにある安義橋(あきのはし)のことだが」

ト、言いかけますト。
たちまち若人たちが振り返り。

「おお、そうだ。そのことだ」

ト、ざわつき始める。

「昔は往来も賑やかだったそうだが、今では誰も渡ろうとしない」
「そうだ。生きて向こう岸まで渡れないと言うではないか」
「あの橋には鬼が棲みついていると、もっぱらの評判だからな」

すると、それを耳にした出しゃばりの男が一人。
にわかに立ち上がると、よせばいいのに見栄を張る。

「それなら、この俺が渡ってやろうじゃないか」

みなは「そら始まった」と、苦笑いを浮かべている。
名を火麻呂ト申すその男は、まるで意に介することもなく。

「この館で一番の鹿毛を出してもらおう。あれにさえ乗れば、どんな鬼に遭おうが、あっという間に向こう岸さ。それこそ、鬼に金棒ってやつだ」

ト、豪語する。

この男の大言壮語は、常のことでございます。
館一の名馬など、青侍風情が乗れるはずがない。
それを知っていて、わざと大風呂敷を広げている。

皆の者も、今度ばかりはチョットからかってやろうと思いまして。

「なるほど。そいつはありがたい。噂話に怯えて回り道を強いられるより、誰かが事の真偽を確かめてしまったほうが、賢明だ。せっかくだから、行ってきてもらおう」

火麻呂は今さら嫌だとも言えず、かと言ってそんな度胸などございません。
行く行かないト揉めておりますうちに、騒ぎが国の守の耳に入った。

「詰まらぬことで騒ぐでない。馬くらい出してやるから、行ってこい」

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ト、思わぬお墨付きをもらってしまい。
渋々ながら、肝試しに出掛けることと相成りました。

こうなるト、もう仕方がございませんので。
火麻呂は馬の尻に油をヌルヌルと塗りたくりまして。
馬の背にまたがり、手綱を固く握りしめ。
安義橋めがけて進んでいった。

山の端に夕日が沈んでいく。
湿った風が頬を撫でる。
橋のたもとに着いた時には。
火麻呂は恐怖で胸が詰まる思いでおりました。

人の気配はまるでなく。
人家も遠くに見えるばかり。
心細い思いで馬を進めるト。
橋の半ばに怪しい人影が見えました。

「すわ、鬼か」ト、火麻呂はブルブル震えだす。

しかし、よく見るト、少し様子が異なります。

濃淡の紫の衣を重ねて着、赤い袴を履いている。
口元を袖で隠しながら、弱りきった表情であたりを見回している。

いとけなくも麗しいその装いは、どうやら都の女童(めのわらわ)らしい。

「しかし、どうしてこんなところに――」

ト、火麻呂は妙に思いましたが。
その時には、すでに魅入られておりましたものか。
いつの間にか、馬が吸い寄せられるように前へ進んでいる。

「いやいや、これぞまさに安義橋に棲む鬼かも知れぬ」

すんでのところで気を取り直しまして。
火麻呂はじっと目をつぶり、通り過ぎようとする。

「もし、そこな人。素知らぬ顔をなされますな。見知らぬ土地で、主人とはぐれて困っております。どうか人里まで連れて行ってくださいまし」

女童がすがってこようとする。
火麻呂は身の毛がよだつ思いで馬を駆る。
後を追ってくる女童の声が、徐々に野太くこだましだす。

「待たれよ、そこな人。待たれいッ」

火麻呂は観音の名を必死に唱え。
駿馬の尻に鞭を打つ。
女童は凄まじい勢いで追いすがり。
馬の尻に手をかけるが、油で滑って掴めない。

ふと振り返って見てみますト。

そこには一面、朱に染まった大きな顔。
一つ目でこちらをじろりと睨み、背の高さはゆうに二人前。
三本の指から、鈎のように鋭い爪が伸びている。
手は緑青に、目玉は琥珀に光っている。

おぞましい化け物が、黒髪を蓬のように振り乱して追って来ます。

――チョット、一息つきまして。

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