::お知らせ::  [ 画師略伝 ] 「月岡芳年 ―血みどろ絵師は「生」を見つめた―」を追加しました

食い込む爪

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こんな話がございます。
清国の話でございます。

四人の若者が連れ立って旅をしておりました。
陽信県の外れ、街道沿いの村で日が暮れまして。
その晩の宿を探しますト、小さな旅店が一軒見つかった。

宿の主人は人の良さそうな老人でございます。
息子と二人で切り盛りしているという。
四人はこの宿ならト安心いたしまして。
さっそく草鞋ならぬ沓を脱ごうといたしましたが。

「お若い方々、今日は満室でございます。他を当たってくだされ」

老人も弱った顔をしていたが、若者たちも大いに弱った。

「他を当たってくれって言われたって。こんな町外れで他に宿なんてありゃしない」
「一晩寝かせてもらえればいいんです。物置でもなんでも文句は言わない」
「今、外に放り出されたら、我々はきっと追い剥ぎに遭いますよ」
「人助けと思ってなんとかしてください」

若者たちの懇願に、老人はふと何かを思いついた様子でございましたが。

「いや、やはりやめておこう」

首を振って、四人に背を向けた。

「なんです。今、何か言いかけたでしょう」
「いや――」

若者のひとりが食いつくと、老人は言葉を詰まらせた。

「やっぱり、そうだ。部屋がまだあるんでしょう」
「なるほど。あるにはあるが、我々には貸したくないと言うわけだ」
「おや、ご老人。図星のようですね」

老人はいかにもあたふたとして、

「困りましたな。貸してもいいが、お若い方々。決して明かりをつけないと約束できますかな」

ト、まだ躊躇した様子で問いかける。

「もちろんですとも。何か大事な品でも置いてあるのでしょうが、決して荒らしはいたしません」

それなら、ということで、老人はようやく離れの一棟を貸してくれることになった。

「ところで、ご老人。息子さんの姿が見えませんが、どうしたんです」
「倅は――。その、なに。入れ物がないので買いに行きました」

老人は四人を離れの空き室へ案内する。
扉を開けるト、たちまち芳しい香りが漂ってくる。

「なに、香を炊いているのです」

月のない晩で、部屋の中は全くの闇でございます。
老人は慣れた様子で部屋の中を進んでいく。
後をついて入った四人は、そのまま寝台へ導かれた。

「このまま寝てくだされ。朝まで寝台を降りてはなりませぬぞ」




きつく言いおいて、老人は部屋を後にした。

「あの爺さんの口ぶりでは、よほどの品が置いてあるに違いない」
「倅が入れ物を買いに行ったと言っていたな」
「どれ、ひとつ見てやろうか」
「やめておけ。今さら追い出されたら、野宿をしなけりゃならないぞ」

四人はおとなしく寝台に横になる。
やがて、そこかしこからいびきが響き始めます。

ト、ひとり、どうしても眠れない男がいる。
枕が変わるト寝付かれない人がよくおりますが。
この男がまさにそんな気質でございます。

男は暇つぶしに目を開けて、闇を見つめておりました。
月明かりがないとはいえ、じっと見つめていると次第に夜目にも慣れてくる。

ト、その時――。

ミシミシと、寝台が軋む音。

(――誰か起きたかな)

ト考えて、男ははっと気がついた。

(いびきが三人分聞こえる)

男はその軋む音が聞こえる方へ目を転じる。
するト、己らの寝ている寝台とはまた別に。
帷(とばり)の下りた寝台があるのが、薄ぼんやりと見えました。

(誰かいる――)

誰かが寝台を降りてくる。
白装束を身に着けて、長い黒髪を垂らしている。

(女だ――。それも、死人だ――)

女が帷をめくって外に出る。
青白い顔から生気が失われているのがよく分かる。

女は四つ並んだ寝台へ静かに歩いてやってくる。
一番端の寝台の枕元に、そっと近づいて顔を寄せました。

男は思わず息を呑む。

そこに寝ていた仲間の口元に。
女が口を寄せたかと思うト。

ふうっ、ふうっ、ふうっと。
三度、息を吹き込んだのでございます。

――チョット、一息つきまして。

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コメント

  1. 伊集院華丸 より:

    このたまにカタカナが入ると恐怖が増します・・・

    • onboumaru より:

      ありがとうございます。
      種明かしをしますト、講談や落語の速記本のマネです。
      三種類の文字を使い分けられる日本語は、本当に豊かな言語だと実感しております。