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傾城阿波の鳴門 巡礼歌

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どこまでお話しましたか。
そうそう、主家の宝刀を探すため、夫十郎兵衛とともに大坂に潜伏したお弓の前に、娘のおつるが巡礼姿で現れるところまでで――。

さて、その日も暮れ方になりまして。
玉造の住み家に十郎兵衛が戻ってくる。
その手に引かれて入ってきた小娘は。
他でもない、巡礼姿のおつるでございます。

「おい、帰ったぞ」

ト、盗賊らしく乱暴に女房を呼びますが。
どこを見ても、お弓の姿がございません。

「おや、こんな時分に火も灯さず、一体どこへ行ったんだ」

ブツブツ言いながら行燈を灯し、娘の方を振り返る。

「まあいい。お嬢さん、お上がんなさい」
「はい」

ト、娘は強張っていた表情を緩めましたが。
それは、ここがさっきのおばさんの家だと気づいたからで。

「いや、それにしても危ないところだった。おじさんがいなかったら今頃は、あの乞食どもに身ぐるみ剥がれていたところだぞ。どうしてあんなに大勢に囲まれていた。もしや、年に似合わぬ大金でも持って歩いているのではなかろうな」

するト、娘は屈託のない表情で。

「はい。おばさんからもらったお金がございます」

ト、さっきもらった小粒銀を、十郎兵衛に示してみせる。

十郎兵衛は、おばさんが誰だか知りませんので。
フッと心に魔が差した。
ト申しますのは。

人に借りた五十両の金を。
今日にも返せと迫られている。
無い袖は振れない。
――はずではございましたが。

「おやおや、子供がそんな大金を。だから、あんな薄汚い連中に囲まれて怖い思いをすることになったのだ。危ない、危ない」

ト言いながら、その包みを勝手に取り上げまして。

「他にも持っているだろう」
「はい。他には小判というものを持っておりますが」
「危ない、危ない。それも出しておしまいなさい」

さすがにその求めには娘も警戒する。

「この財布の中には大事なものを包んであるからと、婆様が人に見せるなと申しました」
「だが、さっきのように悪い奴らに狙われたらいかにする」
「それでも大事のお金ですから」
「ええい、出せと言うのに」

切羽詰まって十郎兵衛は。
我が子とも知らず小娘から。
大事な財布を奪おうとする。

「誰か、助けてください」
「ええい、静かにしろッ」

大声を出されて慌てだし、娘の口をぐっと手で塞ぐ。
抵抗して手足をばたつかせる娘。
十郎兵衛は一層、その手に力を入れる。

「これ、何にも怖いことはない。何も怖いことはないぞ。こっちにもちょっと金のいることがあるのだ。二、三日預けてくれればよい。すぐに返してやるからな。それまではこの家でゆっくりとしてお行き。観音様へもおじさんが連れていってやろう。さあ、良い子だ。言うことを聞いて、ちょっとばかり借しておくれ」

言い聞かせて、縛めを解いてやる。
ト、娘はそのままダラーリと倒れ掛かる。

「やっ。死んでる――」

気が動転しているところへ、表の戸口に人の気配。
十郎兵衛は娘の死骸を布団の中へサッと隠す。
そこへ帰ってきたのは女房のお弓。

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「ああ、あなた。随分探しましたよ」
「お、お前こそこんな時分にどこへ行っていた」
「どこへも何も――。いいですか、驚かないでくださいよ」

もうこれ以上驚くことがどこにあろう。
十郎兵衛は女房の告白にはまるで興味も見せませんでしたが。

「おつるが国から追いかけてきたんですよ」
「馬鹿を言え。三つの子どもがどうやって。――待て。まさか母上がいらっしゃったか」
「そうじゃありません。別れた時には三つでも、あれから月日は経っております。幼いことに変わりはありませんが、私たちに会いにひとりでやって来たと言うじゃありませんか」

お弓はおつるとの再会を、かくかくしかじかト語って聞かせる。

うんうんト話を聞いていた十郎兵衛のその顔が。
次第に青ざめていきました。

「では何か。おつるは巡礼の姿をしていたというのだな」
「はい」
「年格好は」
「あれから六年ですから、九つですよ。振り袖に、茜染めの笈摺を掛けて――」

十郎兵衛は肝に焼け火箸でも突き刺された心持ちで。

「ああ、待て。分かった。もう言わずとも良い。おつるなら、とうからここにいる」
「えっ、ここに。どこにいるんです」
「その、なんだ。そこの布団で眠っているよ」

お弓はわけが分からぬまま。
布団をおそるおそるめくってみるト。
そこにさっき会ったばかりの我が娘が。
青白い顔をして横たわっている。

「し、死んでる」
「すまぬ。まさか我が娘とは思わなんだ」
「そ、それなら、あなたが殺しましたか。あなたがおつるを殺しましたか」

取り乱して迫ってくる女房のお弓に。
十郎兵衛は必死に事の次第を聞かせます。

お弓はもはや夫の弁解には耳を貸さず。
我が娘の亡骸を抱き上げて嗚咽する。

ト、表にバタバタと無数の足音。
程なくして、踏み込んでくる大勢の捕り手。

「やあやあ、盗賊の銀十郎。実の名を阿波の十郎兵衛。ここに隠れ住んでいるのは分かっている。尋常に縄に掛かれ」

襲い来る捕り手の一人ひとりを。
受けて立った十郎兵衛が斬りまくる。
娘の亡骸の上にバラバラと。
無造作に積み重なる戸障子の山。

お弓は人手に渡さぬ火葬とばかりに。
奪った松明の火をそこに投げ入れまして。
意を汲んだ夫十郎兵衛と目配せを交わし。

「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」

ト、二人して。
手を合わせながら逃げていく。

後に、十郎兵衛が奪った財布の中に。
宝刀国次を盗みしは小野田郡兵衛なりト。
老母が託した手紙が見つかりまして。

十郎兵衛は無事、主家の家宝を取り戻し。
その功をもって帰参を許されました。

父母の永年の念願を、娘が命と引き換えに叶えるという。

そんなよくあるはなし――。
もとい、余苦在話でございます。

(近松半二作ノ人形浄瑠璃「傾城阿波の鳴門」八段目『十郎兵衛住家の段』ヨリ。特ニ前半部ヲ『巡礼歌(じゅんれいうた)の段』ト呼ブ)

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