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生き埋めの山芋が人を喰った話

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こんな話がございます。
平安の昔の話でございます。

陸奥国の介(すけ。次官)を務める者がございまして。
通称を大夫の介と呼ばれておりましたが。
この者は年を取ってから後妻を娶りました。
十五の娘を連れ子にした、いわく有りげな女でございます。

古今東西、地位ある年寄りに擦り寄る女に、
ろくな者がいたためしはございませんナ。

この者の後妻もまた、ご多分に漏れませんでして。
ハナから目的は金、金、金でございます。
常日頃から気弱そうな家来を物で釣って手懐けている。
そうして、ひたすらに時機を待っているのでございました。

ある時、大夫の介が長らく屋敷を留守にすることになった。
後妻はさっそく、この石麿ト申す家来を呼び寄せまして。

「お前のために前々から良い子がいないものか探していたのだが、とうとう見つけたよ。お前さえ気に入れば、今夜夫婦にさせてやるつもりだが、どうだえ」

ふと見やるト、その陰でもじもじしている女が見える。
後妻の連れ子に乳母がございますが、これはその娘でございます。

石麿はその美しい娘に気づいて、大層驚いた。
後妻の連れ子がこの屋敷の姫君であるならば。
かの娘はつまり、姫君の乳姉妹でございます。

そんな大事な娘を俺に娶せようとは。
俺はよほど奥方から気に入られているのらしい。

この頃はまことに良い時代でございまして。
共寝をしてしまえばそれで夫婦でございます。
石麿は二つ返事でこれに応じる。
奥方が二人を夜の帳の中へ送り込む――。

そうして、その夜も静かに更けていきまして。
石麿は余情にうっとりト身を浸らせている。
するト、娘が不意にいじましそうにこちらを見上げまして。
長い黒髪を身に這わせたまま、物悲しげに申しますには。

「我が姫君のことでございます」
「姫様か。唐突にどうした」
「あれほど哀れな方もございますまい」

ふと気づくト、娘は涙でまなじりを濡らしていた。

「若君様さえいらっしゃらなければ」

意外な一言に、石麿は娘の顔を覗き込む。

「大夫の介様のこの富も、全て姫君様のものになろうものを――」

そう言って、女は己の冷たい手を。
こちらの胸に置いてまいりましたので。
石麿はぞっと恐ろしい気がして、飛び起きた。




「いかがなされました」
「いや、なに。風にあたってくる」

言葉を濁して石麿は床を出る。

大夫の介には男児が一人ございまして。
年は後妻の連れ子より幼く、当年十一でございます。
女も奥方も、若君を殺せと求めているのに違いない。

――道理でおかしいと思ったのだ。
この俺ごときにかような強縁があろうものか。
奥方は俺を気に入っているのでは毛頭ない。
俺に若君を殺させるために手懐けたのだ――。

遅まきながら、その企てにようやく気が付きまして。
恐ろしくなった石麿は、逃げ出すように局を出る。
ト、すぐにドンと人の気配に突き当たった。

「石麿や。承知しましたね」

蛇に睨まれた蛙とはまさにこのことで。
闇の中、差すように眼が光っている。
石麿はわなわなと足がすくんでしまいました。

――そして、翌朝。
陽は無情にもまた昇る。

「石麿ッ」

角髪(みずら)に結った髪を揺らして駆け寄ってくるのは。
他でもない、大夫の介の若君でございます。
遊び相手もないままに、小弓を手にして息を弾ませている。

そのあどけなくも貴い若君の和顔を。
我が手で恐怖に染めるのかト思いますト。
石麿は我ながら情けない思いに打ちひしがれまして。

しばらくその場で立ちすくんでおりましたが。
思いを押し殺すように、ようやく顔を上げますト。
声を振り絞って、若君にこう呼びかけました。

「若様。わたくしと叔父様のところへ遊びに行きましょう」

若君が途端に顔を綻ばせる。

――チョット、一息つきまして。

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