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暗峠 姥ヶ火の首

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どこまでお話しましたか。
そうそう、十一人の男に死なれた美貌の娘が、孤独のうちに油泥棒の老婆に成り下がったところまでで――。

平岡の明神様は、河内国の一の宮でございまして。
平安の昔から続く由緒ある御社でございます。
神官たちは由々しき事態に、一同、首を集めまして。

「このところ、毎晩のように――」
「――御燈火が何者かに消されておる」
「どういうわけじゃ」
「どういうわけじゃ」
「おのおの方。灯し皿を御覧なされ」
「ややッ。油がすっかりなくなっておりまする」
「うむ。まるで舐め尽くされたように失せておる」
「これはいかなる犬畜生の仕業か」
「はたまた妖かしのなせるわざか」
「御社の御燈火は河内国をあまねく照らすもの」
「さすればこれは国の一大事にござりまする」
「今宵こそはきっと曲者を――」
「――見つけ出してやらねばなりませぬぞ」

ト、討議がまとまりますト。
めいめいが弓や薙刀を手に取っては。
物騒な装束に身を包みまして。

いざ、本殿の奥に身を隠し。
息を潜めておりましたが。

夜半の鐘がぼーんト鳴る。
氏子は誰もが寝静まったト思われる時刻。

ズルッ、ズルッ、ズルッ――。
ズルッ、ズルッ、ズルッ――。

垢じみた長い衣の裾を力なく。
引き摺って神殿に上がってきた者は。

蓬の如き縮れ髪を腰まで伸ばし。
着物の前をだらしなくはだけたまま。
腰を曲げ、顔を前に突き出している。
一人の老婆の姿でございました。

「や、山姥――」

神官たちが恐れ慄いておりますその中にも。
一人、豪の者がございまして。
携えた弓矢を引き絞り。
老婆に狙いを定めました。

「おのれ、山姥め」
「ち、違う。山姥ではない。山姥ではないぞ」

気づいた老婆は途端に慌てまして。
両手を広げて訴えましたが。

何をこの期に及んでト。
その姿のどこが常の老婆かト。
豪の者は有無を言わさず、矢を放った。

これは「かりまた」ト申しまして。
矢じりが二股に分かれており。
獣の足を切り落とすようにできている。

二股の矢はひゅうト音を立てて飛んでいき。
恐怖に目を見開いた老婆の首を捕らえますト。
痩せ枯れた胴から首を切り離した。

「あッ――」

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ト、一同が声を上げたのも無理はございません。
勢いに乗って宙へ跳ねた老婆の首は。
口から火を吹きながら本殿の外へと飛んでいき。
そのまま天へと上って消えました。

「御覧なされましたか。火を吹きましたぞ」
「やはり妖かしの者であったか」
「いや、油を舐めすぎてよく燃えたのかも知れませぬ」

いずれにせよ、神官の者一同は。
老婆を妖異ト信じて疑いません。

油を舐めたことナドないにもかかわらず。
あれほど「違う」ト訴えたにもかかわらず――。

さて、それから首はどこへ行ったかト申しますト。
その幾らかのちのことでございます。

松杉おおいに繁茂して。
あまりの暗さにそう呼ばれたという。
かの暗峠の夜の道を。

無明を照らす燈明の如く。
夜な夜な口から火を吹いて。
旅人の魂を脅かす老婆の死首。

目にも留まらぬ速さで、一里も先から飛んでくるが。
これに肩を飛び越されるト、三年と命が続かぬという。

ところが、ある時、一人の旅人が。
眼前に迫り来た老婆の首に、

「油泥棒ッ」

ト、一言、声をかけるト。
驚いたように眼を丸くして。
瞬間、虚空に立ち止まったのちに――。

何故だか満ち足りたような顔をして、スッと霞のように消えてしまったという。

そんなよくあるはなし――。
もとい、余苦在話でございます。

(井原西鶴「西鶴諸国ばなし」巻五の六『身を捨てて油壺』ヨリ)

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