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姿見の池と一葉の松 恋ヶ窪の由来

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こんな話がございます。

武蔵国の国分寺のほど近くに。
恋ヶ窪ト申す地がございます。

かの源頼朝公が、鎌倉に本拠を構えておりましたころ。
ここに上州と鎌倉を結ぶ街道が通っておりました。

その頃ここはその鎌倉上道の宿場町でございまして。
往時は騎馬の武者や旅の商人などで賑わっており。
茶屋や遊女屋が軒を連ねておりました。

この地には、池がひとつございまして。
付近の湧き水を集めて、深々と湛えておりました。
水は清く、その表は鏡のようにぴんと張り詰めている。
青い空と白い雲が、さながら地を這うように見えたトいう。

その頃は手鏡なんぞあまり身近ではございませんが。
この宿場町には明鏡止水トモ讃えるべき池がある。
畔にはいつでも水を覗き込む遊女たちの姿があり。
このことから、姿見の池ト名がついたのだト申します。

さて、この宿場町の賑わいに。
華を添えた傾城たちのその中に。
名を夙妻太夫(あさづまだゆう)ト申しまして。
絶世の麗人がございましたが。

実に当時、日ノ本一ト。
称されたほどの美貌を誇りまして。
太夫目当てにはるばる遠国から。
やってくる者さえあったトいう。

夙妻太夫が池の水に己が姿を写しますト。
水の精がその美しさに思わず見惚れてしまい。
澄んだ水おもてがより一層、氷のように鎮まったトいう。
立ち上がれば、後を慕って波が立ったトモ申します。

さしづめ物言う花の如き美しさでございましたが。
この夙妻太夫にも、頼みトする男がたった一人ございました。

知ト勇トを兼ね備え。
武士の鑑ト呼ばれたばかりでなく。
当時、坂東一の美男トもてはやされた。
畠山重忠(はたけやま しげただ)がその人で。

畠山氏ト申せば、本を正しますト。
坂東八平氏の一、秩父氏の家系でございまして。
坂東八平氏ト申せば、大方、源氏の御家人ではございますが。
重忠の父の代には、伊勢の平家に臣従しておりました。

平家討伐のために挙兵した頼朝公にとりましても。
当初は敵対する武将のひとりでございました。

後に、頼朝公の威徳に打たれまして。
鎌倉御家人の重鎮トなりましたが。
一時は公と互角に渡り合った猛者でございます。

夙妻太夫に恋慕われる者といたしましては。
これほど似合いの男もございません。
重忠もまた、心から太夫を愛おしんでおりました。

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ところが、この才子佳人の二人の仲を。
妬んでやまない下郎がある。

名を治部太(じぶた)ト申す土地の若い者が。
猪の如き醜怪な面容をぶらぶら下げて。
太夫のもとへ足繁く通っておりましたが。

面容はともかく、短慮軽薄の匹夫でございます。
恋しい人を差し置くような男ではない。
通えど通えど袖にされ続けておりましたので。

「大の男を馬鹿にしおって。いつか目にもの見せてくれるわい」

ト、治部太はひとり息巻いておりましたが。

時は寿永三年正月のこと。
そのころ、平家は都を追われ。
京は木曽義仲の手に落ちていた。

かの重忠にも、鎌倉殿より命が下る。
御舎弟、義経公に付き従い。
出陣せよトいうのでございます。

「殿様。どうか妾(わらわ)を京へ連れて行ってくださいませ」

太夫が武者の脚にすがりつく。

「許せ、夙妻。そればかりはならぬ。坂東一の猛者が戦の場に女を連れてきたとあっては、鎌倉殿の御威徳に傷がつく。そなたを連れて行くわけには参らぬのだ」

太夫も分からぬわけではない。
辛い胸の内をグッと呑み込み。
ただ俯いてさめざめと泣きました。

ぽたり、ぽたりト白い頬から。
涙が無骨な足へと伝って落ちる。

振り切るように、その翌日。
重忠は去っていきましたが。
その勇姿を見守る人の群れに。

太夫の哀れな後ろ姿を見守っている、匹夫の姿もありました。

――チョット、一息つきまして。

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コメント

  1. koko より:

    こんばんは、いつもお話を楽しく拝見しております
    細かい指摘で恐縮なのですが、はやづまだゆう、ではなく
    あさづまだゆう、ではございませんか?
    http://www.city.yokohama.lg.jp/kyoiku/library/chiiki/asahi/archive/kyodoshi2015-2.pdf
    はやづま、という読みもあるのでしたら申し訳ありません

    • 砂村隠亡丸 より:

      koko様。
      ご指摘いただきありがとうございます。

      なるほど、これは「あさづま」が正しいでしょうね。
      種本とした角川書店「日本の伝説15 東京の伝説」に「はやづま」とあったのですが、私も不自然には思っていました。
      漢字源では「はやくから/朝早く/〈対語〉→夜」とありますから、「夕」に呼応するイメージとして「あさ」なのかもしれません。
      「夙妻」の読みが伝わっていない、または二通りの読み方が伝わっているなどの可能性もなくもないですが、「あさづま」の方が私としてもしっくりきますので、早速訂正させていただきます。
      拙文にお付き合い下さり、こちらこそ恐縮です。

      ありがとうございました。