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荘園の森の艶やかな童女

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こんな話がございます。
唐の国の話でございます。

只今では節分の日になりますト。
豆を撒いて鬼を追い払ったりナド致します。

ところで、この風俗の大元はト申しますト。
「追儺(ついな)」ト申す新年の宮中儀礼で。
古くに唐土から伝わったのだそうでございます。

この時、鬼を追い払う役を「方相氏(ほうそうし)」トカ申します。

熊の毛皮を頭から被り。
四つの目玉のある仮面を着け。
黒い衣に、朱い裳を履き。
手には矛と盾とを握りしめている。

威容を持って鬼を追い払おうト申すのでしょうが。
――これでは、どちらが鬼だか分かりませんナ。

事実、我々が今日思い浮かべる鬼の姿は。
この方相氏が元になっているトカ申します。

さて、お話は唐の開成年間のこと。

洛陽に盧涵(ろかん)ト申す者がございまして。
この者は年は若く、見目麗しく。
おまけに財力にも恵まれている。
実にイヤらしい男でございます。

金と暇とを持て余しているトいう。
結構なご身分でございましたが。
万安山の北麓に荘園を持っておりましたので。
ある時、暇つぶしを兼ねて様子を見に行こうト思い立った。

馬に乗り、北へ進むこと幾日。
己の土地まであと僅かというところに。
見慣れぬ柏の森がございました。

日は遠い山の端に沈みかかっている。
夏の夕暮れに木立から涼しい風が吹いてくる。
盧涵がふと寂しさを覚えていた時。
行く手に一軒の家が建っているのが見えました。

はて、こんな森の中に誰の家だろうト思っておりますト。
中から扉を開けて出てきた人の影がある。
髪を揚巻に結った、いとけない小娘でございます。

「こんなところで、何をしている」

ト、盧涵が尋ねますト。

「耿(こう)将軍の墓守りをしてございます」

ト、薄っすらと笑みを浮かべて答えます。

耿将軍トいうのが誰なのかはよく分かりませんが。
この際、それはどうでも良いことでございますので。

「見かけぬ家だが、ここに住んでいるのか」

ト、改めて問いかけますト。

「もう日が暮れます。お休みになってからご出立なさい」

ト、やはり盧涵の目を見て笑いました。

盧涵はドキリとした。




見たところ、十三、四の童女でございますが。
その物言いや仕草が妙に艶っぽい。

「私、ひとりで住んでいますのよ」

言いながら、幼い後ろ姿が中へ入っていく。
うなじの後れ毛が何やら誘っているように見えました。

盧涵は小娘の媚態に戸惑いつつも。
夜の森で迷ってしまうのも心細い。
後について中へ入っていきますト。
暗い室内は小奇麗に整っておりました。

仄かな燈火に揺れる童女の影。

娘はそのまま奥へと歩み進んでいきますト。
やがて、手に酒瓶を携えて戻ってきた。
時代がかった銅製の酒瓶でございます。

紅い酒がチャプチャプ揺れているのが見える。
ふんわりと柔らかい香りが、貴公子の鼻先をかすめていった。

――炎に揺れるは我が影ばかり
山居に独り寝の寂しさよ
風に柳の綿毛はそよぎ
昔日の衣は朽ち果てゆく――

似つかわしからぬ艶やかな歌を。
何度も繰り返し口ずさみながら。
頻りに酌をする童女の小さな手は。
餅のように白くふっくらトして。

ところが、視線を上に転じますト。
幼い顔立ちに深い憂いが潜んでいる。

その姿がまた、盧涵の心をそわそわさせた。

酒の味はト申しますト。
これがまた天下一品でございます。

「いけない。ついつい飲みすぎてしまった。あんまりそう勧めるからだ」
「おや、お酒がもうございませんね」
「いや、いいんだ。もう、本当に十分だ」

盧涵が止めるのも耳を貸さず。
童女は銅の酒瓶を携えて。
再び奥の部屋へ入っていった。

その後ろ姿がまた、どうにも艶めかしい。

いけないことトハ思いつつ。
酔いが回り始めたのも手伝いまして。
忍び寄り後ろから抱きすくめようト。
そっと後をつけた盧涵が、フト立ち止まった。

「あッ――」

見るト、暗い小部屋の天井から。
大きな黒い蛇がぶら下がっている。

童女は、ト申しますト。

左手に酒瓶を提げ。
右手には刀を握りしめ。
頭をもたげたかト思ったその時。

躊躇なく、その腹に刀を突き刺した。
黒い腹から赤い血がダラダラと。
滴って酒瓶の中へト落ちていく。

――チョット、一息つきまして。

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