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鬼女の乳を吸う

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こんな話がございます。
都が奈良にあったころの話でございます。

陽は山の端に傾き入り。
群青の闇が押し寄せる中。
墨を引いたように続く一本道を。
ぽつぽつ歩く人影がひとつ。

これは名を寂林(じゃくりん)ト申す旅の僧。
まだ三十路にも手の届かぬ若い聖でございます。

十六年前に故郷を出て以来。
諸国行脚の修行の最中で。

僧にもかつて愛しい母がおりましたが。
その母が不慮の死を遂げましたのを機に。
母への、土地への、根深い執着を断たんがため。
一念発起、国を捨てたのでございます。

さて、ここは大和国は斑鳩の。
寂林法師のその生まれ故郷。
長年の修行は心を堅固にし。
もはや、母へも国へも何ら想いはございません。

里外れの一本道に。
風がひゅうひゅう吹きすさぶ。
草木がさらさらトなびきます。

ト、その時、行く手の藪の中に。
怪しき人影が見えました。

前かがみに両手を膝へ突き。
ムチムチと肉付きの良い若い女が。
衣をはだけて立っている。

餅のような白い肌を顕わにして。
頭をもたげ、こちらをじっと見つめます。

さては、悪魔が誘惑しようというものかト。
寂林法師は、打ち捨てて通り過ぎようトいたしますが。

「もし、もうし」

すれ違いざまに、女が呼びかけました。

「と、尊いお方。ひ、聖様――」

哀れを催す声の調子に、僧も思わず立ち止まる。

見れば、よく整ったその顔を。
苦痛に激しく歪ませまして。
呻くような声を絞り出し。
鬼気迫る表情ですがってくる。




「ち、乳が張る、乳が張る」
「――な、何と」

唐突な訴えに、女の胸へと目が引きつけられた。

「ち、乳を吸っておくんなさい」

女も戯れで求めるのではない、その証拠には。
はだけた胸から垂れた両の乳が。
傍目にも分かるほど、痛々しくも腫れ上がっている。

女はさも苦しそうに、息も絶え絶えに。

「す、吸っておくんなさい。ち、乳を。乳が、は、張る――」

ト、懇願する。

「病でも得たか」
「いいえ。そうではございませぬ」
「では、どうして左様に乳が張る」
「こ、これには訳がございます」

女は苦しげながらも恥じ入った。

「よい。申してみよ」
「は、はい」

ト、答えた女は息を大きく一つ吐き。

「わ、私はこの世の者ではございませぬ。それが死してなお、あの世へ渡ることも許されず、こ、こうしてこの世で責め苦に悶えているのでございます」

そう言って、救いを乞うように僧を見た。

――チョット、一息つきまして。

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