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長いものは窓より入る

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どこまでお話しましたか。
そうそう、足軽大将の甚太夫が貞淑な妻を冬のオロチ峠に置き去りにして逃げたところまでで――。

甚太夫は肥後熊本へ逃げ帰りますト。
妻が里帰り中に行方知れずになったト届け出まして。
それから半年ほどはおとなしく暮らしておりましたが。
ほとぼりが冷めた頃を見計らって、湯女の小枡を妻に迎え入れた。

この地では夏の夕方になりますト。
風がぴたりとやんでしまう。
これを一名「肥後の夕凪」ト申しまして。
蒸し暑く寝苦しい晩が続きます。

「まるでこの家が蒸し風呂のようじゃわい」

湯女の新妻と差し向かい。
さしつさされつやっておりますト。
千鶴を見捨てた後ろめたさから。
ようやく解き放たれる思いがいたします。

「さて、そろそろ床に入ろうかの」
「イヤですわ。せわしない」

ト、新妻は笑っておりますが。
玄人ですから慣れたもので。
奥の間に床をのべますト。
そこへ亭主を招き入れました。

ふっと吹き消される行灯の火。
格子窓から差し込む青い月明かり。

ト――。

「じ、甚太夫さん」
「なんじゃ。この期に及んで」
「そ、そうじゃない。ま、窓――」
「窓がどうした」

ト、振り返りますト。

格子窓の外にぴたりとつけた千鶴の顔。
じっと表情もなくこちらをのぞいている。

「ち、千鶴。化けて出おったか」

格子の隙間から何かが伸びてこちらへ向かってくる。
よく見ると、それは庭で育てている朝顔の蔓。
まるで生き物のようにこちらへ這ってくる。

思わず上がる湯女の悲鳴。

するト、窓の外の千鶴の顔は。
朝顔の蔓とともにぱっと消えました。

お互いに疲れているのだろうト。
その晩はそれきり何もせずに寝てしまいましたが。

翌晩、改めてコトに及ぼうといたしますト。

「じ、甚太夫さん」
「なんじゃ。今度は」

窓の外にぴたりとつけた千鶴の顔。
じっと表情もなくこちらをのぞいている。

格子の隙間から伸びてくるのは。
庭に干してあった小枡の細帯。
それが生き物のようにうねって迫ってくる。

悲鳴とともに千鶴も帯も。
ぱっと消えはいたしましたが。

「こ、こんな化物屋敷に、い、いられますか」

恐ろしさに逃げ出そうとする新妻を。
甚太夫はなんとか引き留めはしたものの。
また翌晩も同じことが起きるかと思いますト。
己もまた恐ろしさに身が震えます。




翌日、小倉で見知っていた商人が。
旅商いの途中だと、甚太夫の家に立ち寄りました。

「高橋の旦那。峠の麓の旅籠屋で、前のおかみさんを見ましたよ」

死んで化けたとばかり思った前妻が。
生きて旅籠屋のおかみをしているトいう。
思いもよらぬ知らせに、甚太夫はますます青ざめた。

「こうなったら死霊か生霊か見極めてやるわい」

新妻小枡をひとり家に残し。
甚太夫は勢い勇んで件の旅籠屋に乗り込んだ。

そこで待っておりましたのは。
端正な身繕いに凛とした居住まいの。
以前にも増して美しい先妻千鶴の姿で。

「千鶴。わしが悪かった。小枡との仲を話されるかと怖かったんじゃ」

するト、千鶴は意外なことに。
冷や汗を流す元の亭主を。
憐れむような、申し訳ないような顔で見返して。

「そんなに謝られましては恐れ入ります。あなたに離縁されたのは妻としての私の至らなさのため。私はあの後、人に助けられまして、ここの主人に縁付きました。今はこれでも幸せにやっておりますから、どうかお気になさらずお暮らしくださいませ」

ト、何度詫びても、千鶴がかえって恐縮する始末。

やはり、あれは己の後ろ暗さが見させた幻だったかト。
狐につままれた思いで、健気な千鶴を見ておりましたが。

熊本の家に着いた頃にはもう夜で。
行灯の火はすっかり消えている。

「小枡。もう寝たのか」

奥の間には床がのべてあり。
小枡がしどけない姿で眠っていたが。

「ややッ――」

小枡は眠っているのではない。
首には黒い毛束が縄のように。
グルッグルッグルッと二重三重。
これでもかと言わんばかりに巻き付いている。

「この毛は――」

小枡の髪ではない。

その髪の来る方をたどっていきますト。
段々トかの格子窓へ向かっていく。
そして、見上げた格子窓には――。

長い黒髪を戸内へ垂らした千鶴の顔が、表情もなくじっとこちらを見ていたという。

そんなよくあるはなし――。
もとい、余苦在話でございます。

(「片仮名本 因果物語」上の十一『女生霊、夫に怨を作す事』ヨリ)

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