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鬼婆が血となり肉となる

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どこまでお話しましたか。
そうそう、孫娘の志乃が笛吹く若者に寄り添っているのを、老婆が見つけるところまでで――。

「おばば。小十郎さんは旅芸人だそうじゃ。病気の仲間に付き添ってな、一座と離れてお寺で長逗留しているそうじゃ」

竹林の中の山道を、孫娘の手を引いて下りながら。
おばばはそうかそうかト、うなずいて聞いておりましたが。

空まで伸びた竹のその末のように。
心はぐらぐらト大きく揺られて落ち着きません。

次の晩も、その次の晩も、また次の晩も。
志乃は夜毎、寝床を抜け出した。

おばばは不安でたまらない。

旅芸人ではいずれこの土地を去ってしまう。
婿に来てくれようなど望むべくもございません。
このまま二人の逢瀬が続くならば。
志乃も後を追おうとするに違いない。

――己は本当のひとりぼっちになってしまう。

それに、あの晩のふたりの美しさ。
己が失って久しい、あの輝き。
若さと活力、洋々たる前途が。
月よりまばゆく光を放っていたではないか。

翻って、この老いぼれたる己の醜さよ。
しわにしみ、たるみ、蓬のごとく乱れた白髪。
遠くなった耳に、弱った目。
いつ菩提寺の土となろうとおかしくはない。

志乃が男を追って出ていったら――。

己はどうなってしまうのだろう。
ひとり寂しく老いてゆき。
ひとり寂しく死ぬのだろうか。

「志乃や」
「――なんじゃ」

夜半に帰ってきた志乃が。
そっと寝床に滑り込む。
おばばは静かに呼びかけた。

「夜中に竹林を通るとな、鬼に食われるというぞ」
「大丈夫じゃ。そんなものはおらんかった」

志乃はもはや隠すつもりもなく。
あっけらかんとそう言っては。
向こうを向いて寝てしまった。

窓から差し込む月明かり。
白い光がおばばの顔を照らしだす。

――なんとかふたりを引き裂かねば。

引き裂かねば。

引き裂かねば。

引き裂かねば――。

おばばはぎゅっと目をつぶった。

次の晩。
志乃が寝床を出ていきますト。
しばらくしておばばも家を出た。

高く伸びた竹がゆらゆら揺れる。
竹の葉がさらさら音を立てる。
ぴぃひょろろろろろト、聞こえてくるは。
一節切の艷やかな音色でございます。

老婆は息を殺して身を潜める。
顔にはおぞましい般若の面。
身に巻き付けたは白木綿。

――鬼が出るぞ。
食われるぞ。
二度とここを通ってはならぬ――。

おばばはブツブツ呟いて。
志乃の帰りをじっと待つ。
秋風が老体にしみわたる。
笛の音がやがて鳴り止んだ。

それから、一とき(二時間)ほど経ちましたろうか。

ようやく足音が山道を下りてくる。
軽やかに弾むようなその足音に。
老婆の胸は締めつけられた。

笹むらが激しく波を打つ。
突然飛び出した白装束。
蓬のごとく乱れた白髪。
角を生やし、牙を剥いた鬼女の面。

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「ぎゃああああぁぁぁぁぁぁぁあああ」

ト、断末魔の叫び声。

志乃は思わずのけぞり返り。
頭を地に打ちつけ、気を失った。

「よ、よし。こ、これで、よ、よかろう」

おばばは肩で息をしながら。
孫娘に息があるのを確かめますト。
己はほっと一息つきまして。
やおら鬼の面を外そうといたしましたが。

「と、取れない――」

般若の面が顔に吸い付いてしまって取れません。

まるで蛸の足が顔に吸い付いたように。
般若の面がぴたりト付いて離れない。
あごの辺りに手を掛け、引き離そうトいたしますが。

「と、取れない――。取れないぞ――」

おばばは面の縁を掴んでのたうち回る。
路傍の地蔵の頭に、己が面を打ち付けた。

「痛いッ――。痛いッ――」

額から血が吹き出して。
乱れた白髪を赤く染める。

時が経つほどに鬼の面は。
顔の肉トひとつになっていきまして。
もはやこれは面ではない。
夜陰に猛り狂うはまさに鬼女。

そこへ駆け下りてくる慌ただしい足音。
悲鳴を聞きつけた小十郎の姿が迫ってくる。

「おのれ、あやかしめッ」

小十郎は倒れている志乃ト鬼女トに目をやりますト。
道中差を振りかざし、憎き鬼女に襲いかかった。

「ち、違う。違うぞ」
「黙れ、化け物ッ」

肉ト化しつつある面の縁に手を掛けますト。
鬼女はあらん限りの力を振り絞り。
面を顔からぎゃっト引き剥がしましたが。

「ぎゃああああぁぁぁぁぁぁぁあああ」

ト、断末魔の叫び声を。
あげたのは若者ト鬼女の双方で。

面はつらの皮ごと顔から剥がれ。
誰とも見分けのつかぬ面容は。
剥き出しの肉が赤い血に染まっていた――。

「小十郎さん」
「――ああ」
「あれから一年になりますね」
「ああ。本当にどこへ行きなすったんだろう」

あの後、小十郎は志乃とかねて相談していたとおりに。
旅芸人をやめ、竹林に囲まれた家に住むことになりましたが。
ふたりは突然姿を消したおばばの帰りを、いつまでも待ち続けたト申します。

心に巣食った醜い鬼が己の血となり肉となってしまったという。

そんなよくあるはなし――。
もとい、余苦在話でございます。

(越前ノ民話ヨリ。原話ハ北信越ニ広ク伝ハル蓮如伝説ニシテ、新藤兼人監督ニヨル映画「鬼婆」ノ原拠ナリ)

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