どこまでお話しましたか。
そうそう染物屋を継いだ夫婦の妻のほうが、先代の主人に続いて亡くなったところまでで――。
これまたお定まりではございますが、この金造もまた周囲のすすめに押し切られまして。
結局、お由の死から幾年も立たぬうちに、後妻を迎えることとなりました。
初夜の床。
金造は新妻のお島を座らせて、これまでのいきさつを語って聞かせます。
我が子志太郎は、御恩ある旦那様から預かった我々夫婦の大事な宝。
口の利けない不自由な身であるゆえ、より一層いたわしく思ってやってくれ。
「ハイ」と応じた声の凛々しさに、金造も胸をなでおろしまして。
めでたく二人は夫婦となりました。
誓いの言葉に違うことなく、お島は志太郎の耳となり口となり。
実の子以上にいたわって育てます。
志太郎にはこれが三人目の母。
それからしばらく経ったある晩。
金造が用達しで出掛けたために、お島は志太郎と床を並べ、二人ですやすや寝ておりました。
ト、夜更けに――。
何やら人の気配がする。
薄目を開け、隣の床を見ると。
志太郎は穏やかな表情で寝息を立てている。
はっと気づいて身を起こし、枕元の屏風を見上げる。
ト、そこに人影が立っている。
その姿にお島は思わず。
「あッ」
と声を上げました。
長い黒髪は乱れて絡み合い、ところどころ引きぬかれたように禿げている。
白帷子は血に染まり、顔は腫れて痣だらけ。
殊に右目の窪み方は尋常でない。
カナヅチか何かで殴りつけられたよう。
恐ろしさにただ震えておりますト。
女は志太郎を憐れむような眼差しで覗き込んでいる。
しばらくして、そのままスッと姿を消しました。
お島にはそれが誰だか分かっている。
きっと先妻が自分を妬んで出たのに違いない。
しかし、あのおぞましい姿に秘められたわけを、この時はまだ知る由もございません。
――チョット、一息つきまして。
コメント
お初お目にかかります。
『口なき子』のオチがよく理解できず、
ぜひ砂村隠亡丸様のご見解についてお教えいただければと存じます。
私が考えたところでは、
仮にご新造の恨みで旦那とお由が死んだとすれば、
ご新造の二人の倅が死んだ説明がつかない。
お由は恨み嫉みからご新造と二人の倅を殺した
その報いを今受けており、
お由とご新造が互いに修羅道で憎悪をぶつけ合っているのではないか?
という可能性に気づいたお島が、
これ以上当人同士の争いに巻き込まれたくないので
志太郎を殺害の上逃げ出したということでしょうか。
口封じのためにお由がお島を殺したという解釈も頭に浮かびましたが、
それでは志太郎が殺された訳が分かりませんので…
いったち様
コメントありがとうございます。
基本的には読んだ方の解釈におまかせしたいと思っておりますが、
分かりづらい部分があったかもしれません。
あくまで私の印象ですが、以下に記します。
>仮にご新造の恨みで旦那とお由が死んだとすれば、
>ご新造の二人の倅が死んだ説明がつかない。
>お由は恨み嫉みからご新造と二人の倅を殺した
>その報いを今受けており、
>お由とご新造が互いに修羅道で憎悪をぶつけ合っているのではないか?
>という可能性に気づいたお島
私も同じ解釈です。
お島が志太郎を殺して逃げる場面ですが、
血の繋がりもない志太郎に纏わる因果があまりに恐ろしく、
発作的にやってしまったのではないかと感じます。
ただ、それはお島の勝手な妄想ですし、お由の言い分もどこまで信じられるものなのか。
頑是ない子供をめぐる三人の女がみな恐ろしい。そんな物語と思っております。