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波の白雪 名刀捨丸の由来

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こんな話がございます。

羽州米沢の領主上杉家に、古刀が一振りございまして。
その名を「波の白雪」、又の名を「捨丸(すてまる)」ト申しますが。
持ち主の心映えを映す鏡トモいう、至極の名刀でございます。

かつて上杉家にてお家騒動が起きた際は。
刀身が赤く染まったトモ申します。
妖刀ト申すべきかもしれませんナ。

さて、木曽山中、切岸(きりぎし)の在に。
治兵衛ト申す百姓がございまして。
この者に年の離れた二人の倅がございました。
兄は治太郎、弟は治三郎。

兄の治太郎は幼いころから勝手気まま。
おまけに手癖が悪いときております。
十六の年に勘当されて村を出ていきまして。
それっきり行方知れずでございます。

一方の治三郎は、これはまじめで働き者でございます。
父母に孝養を尽くし、近所の人にも愛想がいい。
かてて加えて眉目秀麗の美男子ときておりますので。
誰からも好かれ、二親も大層自慢にしておりましたが。

この治三郎が長じて、十五歳になりましたその年に。
突然、江戸へ出ると言い出しました。
二親は驚いて訳を問う。
治三郎が涙ながらに答えますには。

「兄、治太郎がこしらえた義理の悪い借金のため、先祖伝来の田畑が人手に渡ったままでございます。どうしても父上、母上がご健在中にこれを請け返したく、奉公へ出て金銭を得ようという所存でございます」

二親は感涙にむせび、治三郎を喜んで送り出しました。

さて、治三郎がやってまいりましたのは。
江戸は日本橋大伝馬町の呉服問屋。
屋号を佐野屋、あるじを市右衛門ト申す大店で。

店の仕事に精を出すのはもちろんのこと。
仕事の合間を縫っては、草鞋や草履の緒をせっせと作ります。
山家育ちですから慣れたもので。
丈夫で長持ちト、奉公人の間で評判になる。

するト、これを知ったあるじの市右衛門が。
今どきの若い者にしては感心なことト。
これを毎度、市中の相場で買い取ってくれることになった。
お代は主人のほうで預かります。

塵も積もれば山となるトハ申しますが。
これが八年でなんと三十五両になりました。

「治三郎、ここにお前の貯めた金が三十五両ある。これでは半端だから、私があと五両を足そう。それから給金が十両。これで合わせて五十両になる。どうだ、田畑を請け返すのに足りそうか」
「へえ。足りるどころじゃございません。よその田畑まで買えるほどで」




こうして国を出て八年、二十三になった年に。
治三郎は故郷へ錦を飾ることとなりました。
おろしたての木綿のお仕着せを着て。
腰には主人から借りた道中差を差して行く。

木曽街道から信濃へ入り。
これから寝覚めの里へ抜けようという。
その少し手前に追分、つまり分かれ道がございまして。

治三郎は慣れない江戸からの上り道でございますから。
つい道を入り違えまして、山奥に迷ってしまいました。
行けども行けども、山また山の山続きで。
そのうち、日はどっぷり暮れて、あたりは暗くなってしまった。

弱り切って、暗い山道をとぼとぼト歩いていきますト。
木立の向こうに人家の灯りが見えてきた。
これぞ天祐トばかりに、その灯りを目指して道を急ぐ。
ようやくたどり着いて、ドンドンと一晩の宿を乞いますト。

中から出てまいりましたのは。
年の頃なら二十七、八の。
鄙にはまれな美しい女で。

治三郎の姿を一瞥しますト。
困った様子で少し考え。
たおやかな声でこう申します。

「申し訳ございませんが、他をあたってくださいまし。うちにはお泊めできません」

他をト言われても、行く当てもない。
そこを何とかト食い下がりますト。
女は辺りの様子を窺い、声を潜め。
治三郎に顔を近づけて、こう申します。

「お泊めしたいのはやまやまですが、ここはただの家ではございません。悪いことは申しません。早くお行きなさい」
「そんなことを言われましても、他に人家も見当たりません。一体、さっきから何をそんなにキョロキョロと気にしているんです」

女もよほど人が好いらしく。
治三郎の言葉に弱り果てまして。
改めて当たりの様子を窺いますト。
一段と声を潜め、耳元でこうささやいた。

「ここはこの辺りを根城にする、捨丸と申す山賊の棲み処でございます」

ハッとするほど美しい女の、吐息が耳を撫でました。

――チョット、一息つきまして。

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