こんな話がございます。
昔、羽州は新庄というところに、名を太吉と申す子どもがおりました。
まだ年端もゆきませんが、図体がでかく、力もある。
気は優しくて力持ち、などと殊勝な子どももたまにはおりますが。
だいたいこういう子どもは、横柄に育つようにできているのかいないのか。
いつも他の子どもたちを相手に、威張り散らしておりました。
ある年の初めのことでございます。
その年は新年早々雪が降り続きまして。
遊びたい盛りの子どもたちも、やむなく家に閉じこもっておりましたが。
小正月頃になってようやく雪が止み、陽が差してまいりました。
「ソリに乗ろう、ソリに乗ろう」
ト、わらしっ子たちははしゃいで飛び出していく。
数日閉じ込められていた反動でもございましょうが。
早く着いた方が何度でも滑られるという童心からで。
向かったのは村はずれの小高い山。
ここが子どもたちの決まった遊び場です。
太吉はト申しますと。
これはいつだって他のわらしたちを蹴散らし、我が物顔で何度も好きなだけ滑りますから。
ソリも持たず、ふところ手なんぞして、悠々と歩いていきます。
その間に他のわらしたちは、雪を踏み固めてそりを滑らす溝を作っている。
「ソリに乗ったっていい。だが、晩になると雪女が出るからな。早く帰れよ」
ト、出がけに婆あがわざわざ忠告してくれました。
早くに母を亡くした太吉には、この婆あが母親代わりでしたが。
大人の言うことを聞くような素直な子どもなら、婆あも苦労はしていない。
「雪女が怖くてソリが滑れるかよ」
ト、毒づくような悪餓鬼で。
先に行っていたわらしたちが、ようやく幾筋か溝を固め終えて、さあ滑ろうとしておりますト。
そこへ鷹揚にやってきたのが、手ぶらの太吉。
「どけ、どけ。オレが滑るから、どいていろ」
ト、もっとも幼い女の子のソリを取り上げると、いの一番に滑っていった。
女の子は泣いている。
それをわらしっ子たちは懸命に慰めますが。
太吉に逆らうことも出来ないので、端っこの溝で順番に滑ります。
「ソレエッ」
ト、太吉は呑気なもので。
再び坂の上に登ってくると、
「どけ、どけ。オレが滑るから、どいていろ」
ト、わざわざわらしっ子たちが遊んでいる方へやってきて、蹴散らします。
そのたびに、またみんなで連れ立って別の溝へ移動するという始末。
それでも、子どもたちはみな、ソリ遊びが大好きでございますから。
時が経つのも忘れて、滑っております。
太吉も夢中になって遊んでいる。
ト、いつしか、日が傾いてまいりました。
わらしたちはいそいそと帰り支度を始めます。
ト申しますのも、あのあたりでは雪女というものを、どの家でも本当に恐れておりまして。
それはおそらく、実際に目にした者があったからでございましょうが。
その正体というのは、無論、分かりません。
それでも、わらしたちは大人たちから固く言いつけられておりますから。
「帰ろ、帰ろ」
「雪女が来るからな」
「早く帰らねえと叱られる」
ト、お互いに確かめ合うようにして、支度を整えると、みな家に帰って行きました。
面白くないのは、ひとり取り残された太吉で。
口では偉そうなことを言っておりますが。
本当はみんなと一緒に滑るのが楽しかったので。
みんな帰ってしまうと、一人で滑るのもつまらない。
それで自分も帰るようなら、世話はないわけですが。
世の中は臆病者ほど虚勢を張るようにできているようで。
「あいつらは、馬鹿だ。日が暮れれば、みんな帰る。帰らずに残っていれば、順番など待たずに好きなだけ滑れるでねえか」
ト、もともと好きなだけ滑っていることはさておきまして。
一人でワアイと声を上げながら遊んでおりましたが。
だんだん陽が山の向こうへ沈んでいきますト。
やはり、そこはまだ子どもですから。
お天道様にまで見放されたような心持ちになり。
ふと、思い出しましたのは、婆あから何度も聞かされた雪女の話で。
「大人の言うことを聞かずに、夜になっても遊んでいるような子どもは、雪女に魂抜かれっど」
急にぞわぞわと恐ろしくなりまして。
慌ててソリを担いで帰ろうとしました、その時――。
白い雪の塊のようなものが、宙を軽やかに舞うように、ふわーり、ふわーりと近づいてくるのが見えた。
――チョット、一息つきまして。