どこまでお話しましたか。
そうそう、落人となった小石と身重の妻が、山中で女童に助けられて無事出産するところまでで――。
小石は妻を木に寄りかからせて休ませます。
赤子は女童が懐に抱いて温めている。
二人を前にして、小石が力強く語りかけますことには。
「夜が明けたら、どこか百姓の家を探して宿を借り、しばらく心静かに英気を養うことにしよう。生まれた子に誕生祝いもしてやれないのが口惜しいが、せめてお前がこれを食うが良い」
ト、腰に下げていた兵糧の焼き飯を取り出して、妻に食べさせる。
妻は、産後の疲れからぐったりとしておりましたが。
女童や夫の気遣いに励まされて飯を口にする。
食べ終わると安心からか、うつらうつらとしてまいりました。
それから如何ほど経ちましたか。
ふと、夢心地からうつつに戻ってまいりますト。
闇の中で何やら聞き慣れぬ音がすることに気がついた。
ネチャネチャと申しますか、ピチャピチャと申しますか。
ともかくも、何か粘り気のあるような気味の悪い物音で。
夜目を凝らして闇の中をじっと見据えますト。
女童がしきりに舌なめずりをしているようでございます。
どうしたことかト、よく見てみますト。
その舌の先には、ナント生まれたばかりの赤ん坊。
女童の口が耳まで裂ける。
大蛇のように大口を開け、赤ん坊の頭をねぶり回している。
呆気にとられているト、そのままガリガリと音を立てて食ってしまった。
あっという間に頭を食い尽くし、続いて肩を引きちぎって食い始める。
妻は言葉を失って、震える手で隣に眠っていた夫を揺り起こした。
その様を目にした小石も驚きましたが、もはや躊躇はしていられない。
すっと刀を抜くと、女童めがけて斬りつけた。
ト、女童は毬が弾むようにぴょんと地を蹴って梢に飛び上がる。
その姿を仰ぎ見ると、すでに凄まじい鬼の姿に変じている。
再び地に飛び降りますト、とても人間業とは思えないほど遠くの岩に降り立った。
夫妻を嘲笑うかのごとく、赤子の足をむしゃむしゃと食っております。
小石は必死になって追い回し、刀を振り回しますが。
ただもう夢か幻を相手にするようで、まるでかすりもいたしません。
そのうちに、鬼は赤子を食い尽くし、蝶か蜻蛉のようにひらりと舞い上がると、虚空へ姿を消しました。
小石はへとへとになって、ともかくも妻の元へ戻りましたが。
今度はその妻の姿が見当たらない。
呼べど叫べど、返事がございません。
どこへさらわれたのか、神隠しに遭ったようで見当もつかない。
小石は血眼になって、しるべなき山中をあちらこちら探し回りましたが。
そのうちに夜は白々と明けてまいりまして。
ようやく岩陰に見つけましたのは、すでに命を落とした妻の亡骸。
残されていたのは、首ばかりでございました。
小石は悲嘆に暮れまして、妻の首をその場に埋めますト。
大和国は郡山の南にある大谷村の縁者を頼っていきましたが。
その後も心癒えることはなく、出家して高野山の麓に籠もりました。
あどけない女童も、山中の乱気に触れれば鬼と化すという。
そんなよくあるはなし――。
もとい、余苦在話でございます。
(「伽婢子」巻之十三『山中の鬼魅』ヨリ)