どこまでお話しましたか。
そうそう、怪異の宿へ向かう途中で、役人の鄭奇が若い女に同行を頼まれたところまでで――。
やがて、二人は西門亭に着く。
宿の者が現れ、鄭奇は手配していた旨を告げる。
男は帳面を見ているうちに、青ざめまして。
「あ、あの、お二階にお泊りとのことでございますが」
「そうだ。一階は満室だそうじゃないか」
「それでしたら、他の客を相部屋にさせてでも、一階にお部屋を空けさせますが」
「ばかばかしい。妻も疲れているのだ。一階だろうが、二階だろうが、泊まられれば何でもいい」
女は身分を偽った後ろめたさからか、二人から顔を背けている。
こうして、鄭奇は女と二階の部屋に泊まりまして。
さり気なく誘いをかけてみますト。
意外にもあっさりト手の内に落ちてきた。
聞けば人妻だト申します。
他人の妻になびかれた気持ちはまんざらでもない。
女は宿に怪異のあるを知らず。
男をもとより気にしておりません。
二人は悦楽に浸ったまま、朝を迎えました。
心ゆくまで一夜を楽しみましたので。
鄭奇は一人、先に宿を発とうとする。
「だから言ったろう。怪異などばかげたことが、この世にあってたまるか」
宿の者もそれを聞いて安心する。
「奥様は」
「旅の疲れでまだ寝ている。俺は所用で行かなければならないから、起きたら世話をしてやってくれ」
言い残して、鄭奇は宿を後にしました。
ところが、この女はその後、二度と目を覚まさなかった。
あまりに遅くまで起きてこないので、宿の者が不審に思い、戸を密かに開けてみるト。
女は寝台の上で、すでに冷たくなっていた。
「や、やっぱり。怪気に精気を抜かれたんだッ」
たちまち宿中が大騒ぎになりまして。
旅舎からしかるべき役所へ、変事の届け出がなされます。
――ト。
ここに奇妙な事実が明らかになりましたのは。
この女が、汝陽の近隣の村から行方を消したト。
届け出がすでに出ていたことで。
これがただの失踪なら、何の変哲もございませんが。
実はこの女、呉という家の死んだばかりの嫁だった。
昨日、家で病死をいたし、夜に棺に入れようとしたところ。
燈籠の明かりが消えた隙に、死骸が姿を消していたという。
それを聞いて、旅舎の者たちが考えましたことには。
――女が始めから死んでいたのだトするト。
精気を抜かれるのは一体、誰なのか――。
案の定、その後、消息が伝わりまして。
鄭奇は旅舎を出た後、急に体調の異変を訴え出し。
なんとか次の逗留地へたどり着いた時には。
すでに人事不省の状態で。
まさに精気を抜かれた人のごとく。
消え入るように息を引き取ったト申します。
これ以来、人々はこれまでの噂を改めまして。
あれは怪気の棲む宿ではない、怪気に連れ込まれる宿だ。
ト、女をまるで妖鬼のように評したそうでございますが。
考えてみれば、それも違うようでございます。
女の霊も、やはりこの宿の怪気に導かれたものだったのでございましょう。
死美人と生人の交情は、怪気に仲立ちされたものだったという。
そんなよくあるはなし――。
もとい、余苦在話でございます。
(六朝期ノ志怪小説「捜神記」巻十六ヨリ)