どこまでお話しましたか。
そうそう、迷信嫌いの李の父が、住めば必ず死ぬと言われる凶宅を喜んで買い入れるところまでで――。
家人も下男下女も、李の父を除いた全ての者が。
明日の命を憂いながら、びくびくとして暮らしておりましたが。
一年、二年、三年――ト、月日が流れていきましても。
凶事、怪異が起きる兆しはございません。
李の父はますます上機嫌で。
一家も徐々に、迷信を気にしなくなる。
そのうちに、夫婦の間に念願の子が生まれましたが。
これがすなわち、後に湘東の太守となる李頤その人でございます。
さらに慶事は続きまして。
李の父は、晴れて昇進することとなりました。
一家は、内外の親戚を招いて、宴を開く。
李の父は、心地よく酒に酔い、すっかり愉快になって、弁舌を振るう。
「およそ、この世の中に吉祥だの、凶事だのといったことがございましょうか。すべて、人間の妄念が作り出した、勝手な解釈に過ぎません。月が赤いのを見ては災いがあると恐れ、ただ自分の知らない鳥が空を横切っただけで、この世の終わりかのように騒ぎ立てる。この家にしても同じです。住めば必ず死ぬと言われて、みなが怯えておりましたが、どうです。あれからますます当家は富み、子孫にも恵まれ、私は栄転することとなりました。私が受け合いますが、この家は凶宅でもなんでもありません。強いて言うならば、むしろ吉宅でございましょう。我々はここを離れますが、吉祥にあやかりたい人は誰でも自由にお住みなさい」
李の父のこの言葉は、人々の胸を打ちました。
それもそのはずで、古今東西、誰もがこうした迷信に惑わされて生きている。
それを李の父はあっさり否定しただけではございません。
世に不吉などないことを、鮮やかに証明してみせました。
人々が快哉を叫んだのも頷ける話でございましょう。
李の父はすっかり気を良くして、厠に立ちました。
背後では大勢の客が、しきりに李の父を褒めそやしている。
この家の主の座を巡って、争う声も聞こえてくる。
それらの声を背に聞きながら、厠にたどり着きますト。
厠の壁の中に、何か妙なものがあるのがふと目に入った。
蓆をくるッと巻いたような。
女子供の背丈ほどの大きさの。
全身が真っ白い奇妙な影。
訝しげにみつめているト。
突然、その白いものが、壁の中から飛び出してきた。
李の父は、酔っていたこともございまして。
迷うことなく、さっと刀を抜きますト。
その白い何物かに向かって、「やッ」と斬ってかかりました。
するト、白布をすぱっト切るように。
影は真っ二つに分かれましたが。
別れた白い二つの影は。
そのまま、二人の人間の影となって襲ってくる。
李の父は一人を斬り、返す刀でもう一人の影を斬りましたが。
あえなく斬られた二人の影は。
そのまま、四人の影となり。
全員で李の父から刀を奪い取りますト。
これをあっさり斬り殺しまして。
宴会の催されている広間へ駆け込んでいく。
突然現れた四人の白い影に、来客は蜘蛛の子を散らしたような騒ぎになり。
大勢の者がこの奇怪な妖物に、その場で斬って殺されました。
惨劇を免れた者たちは、みな互いを見やって目を見張る。
殺されたのは全員が李姓の者で。
しかも、一人を除いて皆殺しにされていた。
その一人というのが、とりもなおさず、李頤でございますが。
乳母が懐に抱いていち早く逃げ去ったために、難を逃れたと申します。
妖邪を軽んずる者が、妖邪に祟り殺されるという。
そんなよくあるはなし――。
もとい、余苦在話でございます。
(六朝ノ志怪小説「捜神後記」巻七ヨリ)