こんな話がございます。
昔、周防国に大きな店構えの商家がございまして。
長年、一匹の猫が住み着いておりましたが。
この家のお内儀(かみ)が、質(たち)の悪い女でございまして。
いつも、この猫をいじめておりました。
猫嫌いなのかといえば、そうではない。
勝手に住み着いた猫を、もう五年も飼っている。
朝昼二度の餌もしっかり与えます。
それでは大事にしているのかといえば、そうでもない。
見かけるたびに外へ放り投げたり、蹴飛ばしたり。
酷い時には、焼け火箸で頭を叩いたり。
生かさず殺さず、何かのはけ口にしているとしか思えない。
猫の方でこの家を出ていかないのにはわけがありまして。
何も、ネズミがたくさんいるからというのではございません。
この家の女中が、猫を哀れに思っておりまして。
いつも優しく接してくれるからでございました。
その猫が、ある日ふっと姿を消しました。
勝手口の脇には、いつもはすぐ空になる猫の皿。
三日前から手を付けた気配のない飯が、そろそろ痛みかけている。
女中は大いに心配いたしまして。
もしやお内儀が――ナドと考えもする。
それとなく様子をうかがいますが。
お内儀も、八つ当たりする相手がいなくなって、イライラしている。
それからまた数日が経ちまして。
旅の僧がこの家に、一夜の宿を借りました。
夜。
僧の寝間から読経の声。
女中は台所でそれを聞きながら。
じっと手を合わせて、目を閉じている。
ト、不意に読経の声が消え。
気がついた時には、僧が目の前の薄暗がりに立っていた。
「猫を探しておるな」
突然、胸中を言い当てられて、女中は大層驚きました。
「猫は筑前の国、天拝山の山中におる。行って会ってきてやりなさい」
どうしてそんな遠くに――。
ト、女中も不思議に思わないではありませんが。
ともかくも猫恋しさに、教えられたとおりの道を辿って訪ねていった。
ところが、山中に分け入ってみても、手がかりはまるでつかめません。
考えてみれば広い山の中、仮に猫がいるとしても探しだしようがあるはずがない。
――さては一杯食わされたか。
しかし、また何のために――。
ト、女中が訝しがっておりますト。
藪の向こうに、一軒の大きな屋敷が見えてきた。
時しも日は暮れかかり、あたりに物寂しい気配が漂いだす。
女中はにわかに怖気づきまして。
己をからかった僧を恨みながら。
その屋敷の門を叩きました。
「もし――。一夜の宿を借りとうございます。女の一人旅でございます」
ト言ったそばから、女中も後悔しましたが。
後から考えれば、やはり最後の一言のためだったのかもしれません。
出てきた女は、美しい衣を着ておりますが。
目は細く、イヤに釣り上がっている。
その細い目を一層細くして、女中を品定めするように見る。
口元には、これまたイヤな笑みを浮かべ。
よく見るト、舌なめずりをしているようでございます。
――チョット、一息つきまして。