どこまでお話しましたか。
そうそう、百姓家の二代目与右衛門が、家付きの女房、累を騙して殺したところまでで――。
累(かさね)を始末した与右衛門は。
菩提寺の法蔵寺にみずから出向いていきまして。
女房が溺れて死にました、死骸はそのまま流されました、ト。
和尚に堂々と嘘偽りの報告をする。
家もあり。
田畑もあり。
醜い女房はもういない。
左団扇とは言わぬまでも。
与右衛門は安楽な日々を送っている。
けしからぬことにこの男には。
かねて通じている女がおりまして。
邪魔な累が死んだのをいいことに。
後添えとして、この女を引き込みましたが。
死霊がそれを放っておくはずがない。
後添えは幾月も経たぬうちに謎の死を遂げる。
性懲りもなく与右衛門は。
その後も合わせて五人の後妻を迎えましたが。
四人目までは、ことごとく。
子を生むことなく、死にました。
五人目の後妻、すなわち六人目の女房が。
ようやく、女の子を産みまして。
これを菊と名付けました。
その後は、特に変事もなく。
十三年の時が過ぎましたが。
菊が十三歳の年のこと。
母親が病でなくなりました。
もっとも、与右衛門の妻としては。
これでも長生きした方で。
与右衛門は流れ者の盗人根性でございますから。
己の老後のことをまず第一に考える。
金五郎という男を連れてきまして。
菊の婿にあてがいました。
年明けて、正月の四日。
与右衛門の娘、菊がにわかに煩いづきました。
それから半月もの間、うなされておりましたが。
正月二十二日になりますト。
突然、口から泡を吹きまして。
涙を流して泣き叫びました。
「苦しい――。苦しい――。誰か、助けておくれ――。誰か、おらんのかえ――」
そう叫んだまま、気を失いましたが。
とても十四の娘の口ぶりとは思えない。
父の与右衛門が、驚いて駆けつける。
「菊や、菊や――」ト、呼びかける。
やがて菊は息を吹き返した。
ト――。
いたいけな娘が、白目をむいて睨みつけてくる。
「おのれ、与右衛門――」
「き、菊、お前どうした」
「菊ではない。累だ」
「か、累だと――」
与右衛門は驚いて、我が娘を見る。
その顔は幼いながら、深い憎しみが浮かび上がっている。
「そうだ。お前の妻だ。二十五年前、お前が絹川で殺した、この家の元のあるじだ」
「ま、待て――」
ト、言うか言わぬかのうちに、菊が与右衛門に襲い掛かってくる。
十四の小娘が。
眼尻を釣り上げ、声を荒げ。
白髪の父を夜叉の形相で睨みつけ。
噛み殺さんばかりに、牙を剥く。
与右衛門は、もつれる足で逃げ出しまして。
倒れては起き上がり、倒れては起き上がり。
ほうほうの体で、法蔵寺へ駆け込んでいきました。
この様子を、隣家で二十三夜の月待ちをしていた若衆が。
一切合切、目にし、耳にしておりまして。
やがて、村中の者が噂を聞いて駆けつける。
苦しみ悶える菊をみなで介抱しているうちに。
二十五年前の――、イヤ、そればかりではございません。
末恐ろしい因果の物語が。
巡り巡って今になり。
白日の下に晒されるという。
そんなよくあるはなし――。
もとい、余苦在話のこれが発端でございます。
(仮名草子「死霊解脱物語聞書」ヨリ。鶴屋南北ノ歌舞伎「色彩間苅豆(いろもようちょっとかりまめ)」、三遊亭圓朝ノ落語「真景累ヶ淵」ナドノ原拠ナリ)