どこまでお話しましたか。
そうそう、悪人の七兵衛が同郷の十兵衛を騙して殺し、金を奪って逃げるところまでで――。
七兵衛は十兵衛がせっせと貯めた金を奪い取りまして。
何食わぬ顔で故郷の村へ戻っていく。
十兵衛の老母が倅の行方を尋ねましても。
江戸で真面目に働いているト、平気で嘘をつく。
自分は毎日、飲めや歌えやト、愉快に遊び暮らしておりました。
ところが、そんな暮らしがいつまでも続こうはずがございません。
奪った金もそのうちに尽きてしまいまして。
そうなると、取り巻き連中も自然と離れていく。
七兵衛はすっかり周りから見放され。
あれから三年、今では見る影もなく落ちぶれている。
ここに七兵衛は一計を案じまして。
十兵衛の老母を図々しくも訪ねていった。
「おっ母さん。十兵衛から頼りは来たかい」
「それが、まだ寄越さないんだよ」
「そうか。それは心配だな」
「江戸で悪い連中にでも捕まっているんじゃなかろうか」
「うむ。そんなことがあるかもしれない」
「七兵衛さん。お前、倅の様子を見に、また江戸へ行ってはくれないかね」
「そうしてやりたいのはやまやまだが――」
ト、七兵衛は老母を横目でちらっと見る。
こうして、己が殺した十兵衛を探しに行くとの名目で。
哀れな老母から、まんまと路銀を巻き上げまして。
七兵衛は三年ぶりに江戸へ向けて村を発った。
今度こそはさすがに、己が稼いでこなければなりません。
かと言って、あてがあるわけでもない。
強いて言えば、例の小間物屋くらいでございますが。
あんなまどろっこしい商売は、七兵衛のガラではございません。
「何かうまい商売でもあればいいが」
ト思案に暮れながら旅を続けてまいりまして。
やってきたのは、白河の古跡。
三年前に十兵衛を殺した森を、悪人がひとり通り抜けようとする。
ト、そこへ――。
「カッカッカッカッ――、カッカッカッカッ――」
何やら乾いた音が足元から響いてくる。
ふと、目を転じると、朽ちかけたしゃれこうべが、藪の中から覗いている。
上下の顎を懸命に動かして、何かを訴えようとしております。
「し、し、し、七兵衛、七兵衛。おい、七兵衛」
ついに、髑髏が言葉を話した。
「お、お前は十兵衛か」
七兵衛は腰も抜かさんばかりに驚きまして。
慌てて逃げ出そうといたしましたが。
そうはさせじと骸骨が、悪人の裾に食らいつく。
「放せ、放せ」
「まあ、待て。七兵衛。俺はなにもあの日のことを恨んでいるのじゃない。国に残したおっ母が心配で、成仏できずにいるだけだ。俺にいい考えがある。きっと儲けさせてやるから、その金のわずかでもおっ母に届けてやってくれ」
七兵衛は髑髏に言われるがままに。
荷物の中に丁重に収めまして。
近くの宿場町へ出ていった。
「十兵衛、人通りの多いところへ俺を出せ」
七兵衛は人目が気にかかりますが、どうしようもない。
命じられるまま、髑髏を取り出して地面に置きますト。
突然、上下の顎をカチカチカチカチと鳴らしながら。
「石川や浜の真砂は尽きるとも」
ト、歌いだし、また、舞うように動き始めたから、驚いた。
このあたりはかつて石川家の一族が治めた土地で。
もちろん、かの五右衛門とは何の関係もございませんが。
骸骨が歌いだしただけでも、人々の注目を集めましたのが。
なかなか気の利いたことをいうト、たちまち評判を取りまして。
骸骨の言ったとおり、七兵衛は思わぬ金儲けにホクホク顔で。
毎日、通りへ出ては骸骨に歌を歌わせ、舞を舞わせる。
「石川や浜の真砂は尽きるとも」
「石川や浜の真砂は尽きるとも」
「石川や浜の真砂は尽きるとも」
「石川や浜の真砂は尽きるとも――」
人々はクスクスと笑い出しまして。
「なんだ、その先は歌わないのか」
ト、呆れながらも、銭を投げる。
やがて、その噂が白河のお殿様の耳に入りまして。
七兵衛は骸骨とともに城へ呼ばれていきました。
「お前は何やら妖術を使って、余が領民を惑わしておるようだが」
七兵衛は青ざめて、弁明する。
「妖術ではございません。本物の骸骨が、己の意思で歌を歌います」
「それでは、お前が何か仕掛けているのではないのだな」
「左様でございます。私がいなくても骸骨は歌います」
「もし歌わなければ、なんとする」
「私の首を召されませ」
ト、必死に弁明する余り、七兵衛は大風呂敷を広げましたが。
言った途端に七兵衛も、「あッ」と後悔いたしました。
後の祭りとはこのことで――。
「骸骨、歌ってみよ」
「――」
「歌ってみよ」
「――」
骸骨はうんともすんとも言いません。
それどころか、地面に横たわったまま、身動きひとついたしません。
「これ、歌わぬか。歌わぬのか。歌わぬのだな。――七兵衛ッ、歌わぬではないか」
殿様が七兵衛を横目で見る。
七兵衛は首にジットリと汗をかいている。
「骸骨は歌わぬぞ。さあ、首を出せ」
ジタバタと悪足掻きをする七兵衛を。
役人たちがしっかり取り押さえまして。
スパッと七兵衛の首が斬り落とされた。
骸骨はそれを見守りますト。
待っていたかのように、上下の顎をカチカチ鳴らし。
「――世に盗ッ人の種は尽きまじ」
ト、一声歌いますト。
あとはただ、カラカラカラと笑っていたという。
そんなよくあるはなし――。
もとい、余苦在話でございます。
(奥州、越後、薩摩他ノ民話ヨリ。グリム童話、ドイツ民話ナド、世界的ニ類話多数有リ)