どこまでお話しましたか。
そうそう、荒れ果てた寺の住職を買って出た僧の前に、次々と妖怪が姿を現したところまでで――。
チンボク。
トウヤのヤカン。
ナンチのリギョ。
サイチクリンのイッソクのケイ。
そして、ホクザンのコリ――。
これら五つの化け物が。
僧を閉じ込めるようにして取り囲む。
「ギィーーー、ギィーーーッ」
ト、醜い鳴き声を上げたかと思うト。
「バサバサッ、バサバサバサッ」
ト、翼を激しく揺らして脅かす。
かト思えば、ヌルっと生臭い鱗が頬を撫でる。
二つの目から光を発してこちらをギロリと睨みつける。
だだっ広く、仄暗い本堂の中。
異形の妖かしたちが、嘲るように迫って来る。
ところが、僧もさるもので。
「魔仏一如、魔仏一如――」
一心不乱に観想し、心を徐々に沈めていく。
その心中では、物の怪どもの醜貌が。
次々と仏の尊顔に置き換えられていくのでございます。
「観自在菩薩行深般若波羅蜜多時――」
般若心経を口に唱える。
魔物はそれ以上近づくことを得ずにして。
やがて根負けしたのでございましょう。
少しずつ僧から離れていきますト。
どこへともなく、姿を消してしまいました。
そうこうするうちに、東の空は白み始める。
一番鶏が音を上げる。
「オヤ、御坊様――」
朝になり、様子を見に来た檀家の連中は。
本堂で勤行する僧を見つけまして。
みな一様に驚いている。
「昨晩は何事もございませんでしたか」
「そのことなら、実はかくかくしかじか――」
ト、僧は昨晩の出来事を詳細に語る。
「やはり、そうでございましたか」
「それでは、その化け物どもはいかがいたしましょう」
村人たちは、話を聞いて震え上がっている。
もはや僧だけが頼りでございます。
「なるほど、殺生は仏の戒めるところには違いない。さりながら仏法興隆のため、一殺多生の善とは、まさにこのことにてござろう。拙僧が退治してくれましょうぞ」
檀家たちがどよめいた。
「そ、そんなことが、できますか」
僧は毅然として答えを返す。
「難しくはござらん。四つの化け物は外に、一つは寺の内にござる。五つとも、どこにいるかは見当がついた」
ト、難なく言ってのけますので。
大の男たちが一斉に息を呑む。
「トウヤのヤカン。これは東野の野干、つまり東の野にいる野狐にござろう。ナンチのリギョ、つまり南池の鯉魚。同じくサイチクリンのイッソクのケイは、西の竹林にいる一足の鶏。ホクザンのコリは、北山の古狸」
なるほど――ト、一同こぞって頷きます。
それから、弓、槍、薙刀と持ち寄られまして。
犬追物よろしく、野に狩りに出れば狐が出る。
池の水を抜けば、大きな鯉がぴちぴちとヒレを打つ。
藪を三方から囲んで脅せば、片足の鶏が網にかかる。
山中の穴に青松葉をくべて燻せば、古狸が飛び出してくる。
これらを弓矢で蜂の巣にし。
槍でもって八つ裂きにし。
刀でもって跡形もなく切り刻みました。
さて、後に残るはチンボクでございます。
「この本堂の材木に使われている木は何でござろうの」
すると、在家の中でも年長の者が合点した様子で。
「なるほど。乾(いぬい)の隅の柱が、椿の木、つまり椿木(ちんぼく)だと聞いたことがございます」
「さらば、あの光り物はそれでござろう」
そこですぐに大工が呼ばれまして。
昼の内に乾の隅の柱を他の木に取り替えますト。
それ以後、怪異はすっかり収まりまして。
寺はいよいよ繁盛したと申します。
器物も畜生も、年経れば必ず魔に憑かれるという。
そんなよくあるはなし――。
もとい、余苦在話でございます。
(「宿直草」巻一の一『廃れし寺をとりたてし僧の事』ヨリ)