こんな話がございます。
奥州は八戸のとある在に。
宗介ト申す若い衆がひとり。
呑気に暮らしておりましたが。
ある冬の日のことでございます。
宗介は山一つ越えた向こうの町へ。
物を買い出しに出掛けることにいたしまして。
朝は鶏の鳴く前から起き出しますト。
東の空が白み始める頃には、もう家を出ておりました。
小鳥の囀り、まばゆい木漏れ日。
白い雪がきらきら光るその中を。
宗介はてくてく歩いていく。
お天道さまが頭上に登った頃には。
宗介も峠のてっぺん、崖の上までやってきた。
ふと気づいて頭を上げますト。
何やら行く手の方向から。
ガサガサ、ガサガサと音がする。
見るト、一匹の狐が前足二本で。
白い地面を懸命に掘り出している。
鼠の死骸でも嗅ぎつけたものでございましょうか。
あまりに夢中で、こちらの気配に気づいておりません。
宗介は狐に色々と借りがある。
夜中に何度も戸を叩かれて起こされたり。
桶に汲み貯めておいた水を倒されて空にされたり。
どれも大したことではございませんが。
ここで一つなぶってやろうト考えた。
狐は雪の下の土をようやく掘り当てて。
顔を汚しながら目の前のことに熱中している。
あたりを見回しますト。
雪の上に馬の藁沓が落ちている。
宗介は凍てつきかけた藁沓を拾い上げますト。
狐めがけて力いっぱい投げつけた。
カチコチの藁沓は、ビュンと一直線に飛んでいき。
狐の尻にドンと当たって地に落ちた。
すっかり無心になっていた当の狐は。
だしぬけに脅かされて、ギャッと飛び上がる。
魂消たとはまさにこのことで。
抜け殻のような体が宙を飛んだ。
ト、この崖の下には谷川が流れておりまして。
ちょうど、このあたりで深い淵となっておりましたが。
狐の体は崖の斜面をダダダッダダダンダダダダダッと転がり落ちる。
その勢いのまま、ドボンッと淵に落ちてしまった。
宗介は崖の上から淵を覗き込む。
哀れ、狐は必死にもがいておりますが。
突然のことで、もちろん心の準備などございません。
口から水をガブガブ飲み込んで、今にも溺れ死にそうな様子です。
やがて、ぶくぶくと泡を出しながら。
淵に飲み込まれていってしまいました。
「ざまあみろ。人間様にちょっかいなど出すからこうなるのだ」
宗介は勝ち誇った心持ちで山を降りていく。
町であれこれ買い出しを済ませまして。
予定していたより早く家路に就きました。
「久しぶりに日が暮れる前に家に帰られそうだな」
ト思って、ぶらぶら呑気に歩いておりましたが。
いつしか、天はどんよりかき曇る。
オヤオヤ、と思っているうちに。
たどり着いたのは件の崖の上。
すでに日はどっぷりと暮れておりました。
――チョット、一息つきまして。