どこまでお話しましたか。
そうそう、姫と若党金弥の道ならぬ恋に、槍持の妻お松が手を貸すところまでで――。
スルスルスルと板戸を開けて。
金弥が先に表へ出る。
ト、そこに大きな影が。
仁王立ちをして待ち構えている。
「あッ――」
ト、思わず上げた金弥の声。
若党は首筋に冷たい刀でも当てられたような心持ちで。
愛しい男の叫び声を聞き。
戸の内側から、姫が心配して駆けつけてくる。
見るト、そこに大きな影。
「あッ――」
ト、これまた声を上げた。
頼母は乱暴に二人の首根っこを掴まえますト。
「貴様ら――、畜生にももとる――。不義の交わりをしおって――」
言葉にならぬ言葉を吐き。
引き摺るようにして二人を連れて行った。
娘を汚されたと知った父の怒りは。
古今東西変わることがございません。
ただ、この頼母の恐ろしいことは。
その怒りが娘にも容赦なく向けられたことで。
「あの世で好きなだけ戯れておれッ」
自家の豆畑の榎の木の下に。
二人を引き摺ってまいりますト。
「ヤッ」
ト、一刀両断。
有無を言わさず、娘と若党の首を。
一刀のもとに斬り落としてしまった。
それから、数日後。
豆畑の血溜まりが。
まだ乾きもきらぬそのうちに。
大森何某の家の門、その梁の上。
雌雄一対の大きな蛇が。
互いにとぐろを巻き合って。
淫らに絡みつくようにうねっていた。
二匹の蛇はしばらくそうして。
お松の家に巣食っておりましたが。
程なくして、当の大森家が没落する。
姫にとっては恩人のはずが。
屋敷は取り壊される憂き目を見る。
「ひ、姫様の祟りだ」
「もう、恩も仇も見境がつかないらしい」
やがて、萩原屋敷も姿を消し。
後には一片の広い豆畑ト。
大きな榎の木が残るばかりトなりましたが。
歳月が経ち。
誰も路考姫の祟りなど。
気にしなくなったその頃に。
「あそこの空き地は誰も手を付けようとしねえ。どうしたわけだか知らねえが、もったいねえじゃねえか」
三吉ト申す百姓が。
せっせと土を耕しまして。
そこに瓜の種を植えました。
芽が出て――。
蔓が伸び――。
大きく実る――。
三吉は、そろそろ採り入れようト。
かがんでふと、覗き込みますト。
瓜の中から、もぞもぞト。
食い破って出てきたのが、二匹の蛇。
互いに絡み合いながら、竜巻のように一気に躍り上がりますト。
三吉の両の目玉に、ガッとそれぞれ食いついた。
人々は蛇神の祟りに恐れおののきまして。
榎の下に祠を建て、今更ながらにこれを祀りました。
男女の愛執が怨念と化し、見境なくこの世を彷徨い続けるという。
そんなよくあるはなし――。
もとい、余苦在話でございます。
(武蔵国八王子ノ伝説ヨリ)