どこまでお話しましたか。
そうそう、山賊捨丸に身ぐるみはがれた治三郎が、錆びた刀を手土産に追い返されてしまうところまでで――。
治三郎は空手で国へ帰るわけにも行かず。
結局、来た道を戻って江戸へ帰る。
驚いた主人に、かくかくしかじかト訳を話しまして。
再び店に置いてもらうことにはなりましたが。
「それで、お前。その刀はどうしたんだい」
「それが、その捨丸という奴めから武士の情けで渡されまして」
「そうか。どれ、私に見せてごらん」
実はこの佐野屋の主人ト申しますのが。
商人ながら、刀の目利きもするトいう風流人。
「どうして、なかなか。五十両には及ばなかろうが、半分くらいにはなるかもしれないぞ」
ト、これを田中屋宇兵衛ト申す刀屋へ持ち込みますト。
「旦那。先日の刀ですがな。あれが研いでみたら、とんでもない掘り出し物で。驚かないでくださいよ。あれは知る人ぞ知る古刀、波の白雪でございますよ」
促されて、主人の市右衛門が。
鞘から刀を抜いてみますト。
まさに、波間に散る白雪の如く。
美しい波紋が、光を受けて輝いている。
噂は瞬く間に、好き者連中の間を駆け巡り。
ついに、上杉家家老、長尾権四郎の耳にまで入りました。
こうしてトントン拍子に話は進み。
なんと二百両の高値がつきまして。
上杉家に買い取られることト決まりましたので。
治三郎は、さっそくこの金をもって。
再び帰郷することトなりましたが。
「身に余る誉れ、国の二親にも一目拝ませてやりとうございます」
ト、無理を承知で願い出ますト。
上杉家からもお許しがございまして。
治三郎がこれを拝借し、道中、差して行くことトなりました。
治三郎は再び、木曽街道から信濃へ入る。
ト、何を思ったものでございましょう。
目覚めの里もすぐ近くという追分で。
例の山道へト敢えて入っていきました。
ドンドンドン、と木戸を叩く。
すっと開けて出てきたのは、女房のお縫。
「おや、まあ」
女が驚くのも無理はない。
治三郎は、じっとその澄んだ瞳を見据えまして。
「捨丸はおりますか」
ト、訊きますト。
「ええ、おりますが。それが――」
女が言葉を濁します。
治三郎は妙に思いながらも家に入る。
ト、そこに。
痩せ衰えた捨丸が、床の中に小さく横たわっていた。
「おお、若いの。来たか」
「今日は借りを返しに来た」
そう一言告げるト、治三郎は。
腰に差していた波の白雪を。
スッと鞘から抜きまして。
「見ろ。お前にもらった錆び刀だ。これが二百両になった」
「でかしたな」
捨丸が弱弱しく笑います。
治三郎は困惑しつつも、気を取り直す。
「これをもって国へ帰る。故郷に錦を飾るのだ。お前、それがどこだか分かるか」
挑発するように胸を張りますト。
病床の山賊は、意外にもあっさりト答えます。
「ああ、知っている。切岸の治兵衛のところへ帰るんだろう」
「な、何ッ――」
「お前も気づいたろうが、俺もとうから気づいていた。その顔立ちにはっきり親父の面影が残っている。胸を張って帰れよ。しかし、俺の名前は決して出すな」
治三郎は唖然とする。
捨丸は苦々しそうに瞼を閉じる。
これが十六年前に生き別れた、兄弟の邂逅でございました。
機先をそがれて治三郎は、敢えて見下ろすようにして。
「ああ、出さない。家の恥とは言え、まさか、兄を殺してきたとは言えないからな」
「俺が好き勝手やってきたのが、どうにも腹に据えかねるのだろう」
「そうだ。俺はいつもお前のために苦労ばかりしてきた。お前、初めから気づいていたと言ったな。では、どうして田畑を請け返すための金を平気で受け取った。お前は天下のお尋ね者だ。お前のような奴を殺したからと、俺が咎められることは何もない」
「好きにしろ。どうせ、俺は長くない。しかし――」
「しかし、何だ」
「女房に手は出すなよ」
言われて治三郎は、思わず言葉に詰まってしまう。
「俺がどれほどのろくでなしだか、お前に言われなくても分かっている。だが、そんなちっぽけな義侠心で、俺の女房に手を出すな」
「う、うるさいッ」
ト、怒声で兄の言葉を遮るト。
治三郎は波の白雪を振りかぶり。
袈裟懸けに山賊捨丸に斬りかかった。
――チョット、一息つきまして。