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暗峠 姥ヶ火の首

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こんな話がございます。

河内国は暗峠(くらがりとうげ)。
峠を越えたその麓の村。
平岡の里ト申す地に。
娘が一人おりまして。

山家の花じゃ、今小町じゃト。
土地の小唄に謡われるほどに。
器量良しで知られておりましたが。

山の神は女だト。
山国ではよく申します。

娘のあまりの美しさト。
男たちからの評判に。
神も妬みましたかどうか。
乃至は「二物を与えず」か。

この美しい娘の生涯は。
それは哀れなものでございました。

年十六の娘盛り。
数多の男が娘を巡り。
互いに争い合う中で。

村のトある若い衆が。
娘をついに射止めました。

新郎新婦が盃を交わす。
袖にされた男たちは口惜しさに。
横目でやけ酒をあおっては。
慰めあっておりましたが。

ナント、この幸せ者の新郎が。
ひと月ト待たずに死んでしまった。

するト、慰めあっていた男たちが。
再び仇同士ト相成りまして。
娘を巡って争い合う。

そうして、また一人の男が。
娘を嫁に迎えました。

新郎新婦が盃を交わす。
袖にされた男たちは口惜しさに。
横目でやけ酒をあおっては。
慰めあっていたところ――。

やはり、二番目の新郎までが。
ひと月も経たぬうちに死んでしまった。

「夜な夜な閨で精魂を吸い尽くされておったんじゃろう」
「わしも命がけで吸い倒されてみたいもんじゃわい」




ナドと軽口が飛んでいた頃が懐かしいほどに。
それから何人もの男が娘を嫁にもらいましたが。
これはまた一体、何の祟りがあったものか。
みな次々ト命を落としていきました。

こうなるト、親御の方でも意地でございます。
可愛い娘にケチが付いてはたまらない。
娘の器量に多額の持参金まで付け。
頭を下げて嫁に送り出しましたが。

足掛け三年、娘が十八の年の冬までに。
合わせて十一人の罪なき新郎が。
淡雪の消えるが如く死んでいきました。

あれほど熱を上げていた男たちも。
さすがに恐れをなしまして。
今では言葉を交わそう者もない。

哀れ、娘は十八の暮れに後家となり。
そうして月日は虚しく過ぎ去りまして。
器量自慢でも当然年を取る。

七十年をわびしく暮らし。
八十八の老婆となりました。

若さも美しさも見る影もない。
頭に霜を頂いた無残な姿に成り果てている。
それもただの老い様ではございません。

好奇の目を避けるようにして。
里を去り、人目を忍んでいるうちに。
いつしか、山中奥深くに住まうようになり。
山姥と変わらぬ身の上に堕ちたのでございます。

たとえ見るも恐ろしき姿でも。
生きていかねばなりません。
松の枝の灯りではやはり寂しく。
トハ言え、油を買う金などあろうはずもない。

貧すれば鈍するト申しましょうか。
背に腹は代えられぬト申しましょうか。

悪いことトハ知りながら。
夜ごとに明神様の燈明から。
灯し油を盗んできては。

己が心の無明の闇を。
そっと照らしておりました。

――チョット、一息つきまして。

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