こんな話がございます。
甲斐国は身延のあたりの山あいに。
母ひとり娘ふたりの女所帯がございました。
父は五年前に亡くなりまして。
母は元々その後添えでございました。
妹娘のお君は今の母の子でございますが。
姉娘のお雪はト申しますト。
これは死んだ前の母が産んだ子でございまして。
世の中に継母と継子の仲ほど面倒なものはございません。
誰しも腹を痛めて産んだ子が可愛いものでございましょう。
前の女が産んだ子など、まるで仇も同然で。
しかも、その父親はもうこの世におりませんので。
「お雪。お前はどうしてそんなにのろいんだよッ。一体、誰に似たんだろうね」
ト、おっかあは何かにつけて姉のお雪を責めますが。
実のところ、真にのろいのは妹のお君のほうでございます。
「おっかあ」
「何だい。お君」
「あたい、苺が食べたい」
時は十二月。
外は一面の雪景色。
苺は六月に実をつける。
夏の水菓子でございます。
「おお。よしよし。苺が食いたいか。そうか。待っておれ」
不出来な子ほど猫可愛がりしたくなる。
おっかあは、お雪の方をギッと睨みますト。
「お雪」
「はい――」
「お前、採っておいでよ」
「――でも、おっかあ」
「いいから採っておいでよ」
ト、薄っぺらい着物一枚のまま。
籠を背中に負わせ、さっさと家から追い出した。
しんしんと雪は降り積もる。
裸足同然の足で、道なき道をかき分けていった。
あちらの野原。
こちらの山道。
どこを向いても真っ白で。
お雪はそれでも手当たり次第に。
あちらこちらを掘ってみますが。
木いちごだろうが、蛇いちごだろうが。
こんな真冬に生っていようわけもない。
手も足も雪に凍えて真っ赤に染まっている。
寒空に吐く息が薬缶の湯気のように真っ白い。
半とき探せど、一とき探せど、苺は一向見つかりません。
腹が減る。
北風が身に染みる。
「おっかあ――」
ト、思わず慕ったのは。
あの鬼婆ではございません。
優しかった本当のおっかあの方で。
次第に目の前がぼんやりトしてくる。
お雪はばたりト前のめりに倒れますト。
やがて吹雪に取り囲まれ、気を失ってしまいました。
――チョット、一息つきまして。