こんな話がございます。
播州は室津、室の泊まりト申しますト。
古くヨリ栄えた湊町でございまして。
また、我が朝の遊女の始まりの地トモ申します。
平安の昔、木曾義仲の愛妾、山吹御前が。
義仲亡き後、この室津の町へ流れ着くや。
友君ト名乗り、評判の「うかれめ」トなったトいう。
これが室津の遊女の起こりでございまして。
以来、この地第一の遊女を「室君」トカ申します。
さて、時代は下り、戦国の世。
周防の大名、大内義隆のその家中に。
浜田与兵衛ト申す剛の者がございましたが。
ある時、この室津の町に立ち寄りますト。
少し変わった女ト巡りあった。
名を但馬(たじま)ト申しまして。
年の頃は十六、七。
滑り落ちそうな撫で肩に。
触れれば折れそうな柳腰。
実に頼りのない女でございますが。
顔貌(かおかたち)はいと麗しく。
琴を奏でれば妙なる調べ。
舞えば天女のたおやかさ。
歌を詠めば小町もかくやの才覚で。
それもそのはず。
これが当代の室君でございます。
無骨者はたちまち虜になった。
ところが唯一つ気に入らない処がある。
「但馬。お前、どうして笑わぬ」
咎められても、ニコリともしない。
精を抜かれた生き人形のごとく。
水晶の瞳でただじっと見る。
「実はあの娘は孤児(みなしご)でございまして」
土地の者が浜田に耳打ちをした。
「いくさで親兄弟を皆殺しにされましてな。しかも当人の目の前ででございます。ただ一人生き残ったあれが、売られ売られてこの町に流れ着いたのでございますよ」
「なんと――。左様であったか」
弓矢取る身の心には。
哀れな身の上がいたく響いた。
以来、浜田は夜ごと但馬のもとを訪れる。
二晩、三晩と枕を重ねるうちに。
但馬も徐々に心を開いた。
「決して私をひとりにしてはいけませんよ」
「分かっておる」
破顔一笑。
冷たい但馬の幼な顔に。
初めて笑みが差しました。
ここに浜田は但馬を娶り。
新妻を本国へ連れ帰る。
ところが、それからまもなくいたしまして。
主君の義隆が京の将軍のお召により上洛する。
正三位の侍従、太宰の大弐トいう栄誉の任官でございます。
浜田もお供をして京に上った。
それからはや幾月日。
住み慣れぬ異国の地にただひとり。
但馬は今宵も夫の帰りを待ちわびている。
――思ひやる 都の空の 月影を 幾重の雲か 立ち隔つらむ
見上げた夜空は漆黒の闇。
愛しき我が背子が今この時に。
見ているであろう月でさえ。
雲に隠れてしまっている。
「ああ、あなた――。せめて夢にでも現れてくだされば良いものを」
恨みかこちて孤閨に伏す。
――チョット、一息つきまして。