こんな話がございます。
陸奥国は三戸の御古城近くに。
大層な分限者がおりまして。
サトと申す美しい娘がおりましたが。
この娘の実の母はもうこの世におりません。
後妻に来た継母はト申しますト。
それはたちの悪い女でして。
いつもサトをいじめておりました。
ある時、父は殿様の御用に従って江戸へ向かう。
以前から継子が憎くてたまらない後妻でございましたが。
この機を逃してはなるまいト。
悪事を一つ企てました。
近所をうろついていた野良猫を一匹捕らえますト。
棒で滅多打ちに殴りつけまして。
かわいそうに、殺してしまった。
後妻はすかさず猫の遺骸を庭に埋める。
そうして、ひとりで澄ましておりましたが。
やがて、出立から幾月が経ちまして。
父親がようやく江戸から戻ってくる。
するト、後妻がいかにも嘆かわしそうな表情で。
夫に近づき、告白する。
「あなた、実はサトが――」
「どうした、そんな青い顔をして」
「――不義の子を産んだのでございます」
後妻は夫の手を引いて庭の片隅に連れていき。
どうしても生かすわけにはいかなかったのだト。
そこに不義の子の亡骸が埋まっていることを説明する。
驚いた父は下男に命じまして。
言われた場所を掘り返させてみますト。
確かに、小さな骨が何本も出てまいりました。
まさか、これが猫の骨とは知りませんので。
父親も相当驚きはしましたが。
何も死なせることはないではないかト。
娘の肩を持とうといたしますト。
「あなたがそんなことだから、いけないのです。仮にも殿様の御用を言いつかる身ではございませんか。娘が父無し子を産んだとなっては、世間に顔向けができません」
それでも、夫が娘を擁護しますので。
後妻はいよいよ腹が立ちまして。
こっそり娘の寝所に忍び込みますト。
持っていたナタを鬼の形相で振り上げる。
なんとサトの片方の手首から先を。
無慈悲にも斬り落としてしまいました。
悲鳴とともに、どくどくト血が流れてくる。
サトは必死に布の切れ端で手首を縛って止血する。
己の手が枕元に転がっているのを目にした時。
継母に底知れぬ恐怖を感じまして。
もはやこの家にはおられぬト。
父に黙って、家を出ていきました。
これこそ、後妻の思う壺。
悲嘆に暮れたサトには、行く宛がない。
どうしようかと夜道に立ち尽くしておりましたが。
ふと思い出したのは、盛岡城下の日野屋という商家。
そこの若旦那がサトの許婚でございます。
ドンドンドン、ドンドンドン――。
夜中に突然、戸が叩かれて。
女中が目を擦りながら戸を開けますト。
そこに、片手首のない女が立っている。
青い顔をして、恨めしそうにこちらを見る。
「わ、若旦那――」
ト、女中は腰の抜けそうになるのを堪えて知らせに行く。
話を聞いた若旦那は、フンフンと頷いておりましたが。
「なるほど、たしかにそれは俺の許婚だ。片手がなくとも、いつか妻になる女だ。失礼のないように、丁重にお出迎えしろ」
こうして、サトと日野屋の若旦那は。
本来の日取りを大幅に前倒しにいたしまして。
その場で晴れて夫婦と相なりました。
――チョット、一息つきまして。