こんな話がございます。
丹波国桑田郡は佐伯村という片田舎に。
小太郎ト申す貧しい若者が暮らしておりましたが。
この者が貧しいのには、きちんとわけがある。
なんでも幼いころに二親と死に別れまして。
その後、叔父夫婦に育てられていたそうでございますが。
血縁である叔父が、その後やはり亡くなってしまいました。
物心ついた時には、血の繋がらぬ叔母との二人暮らし。
貧すれば鈍するトハよく言ったもので。
昔は穏やかで優しい娘だったト、人の話に聞きますたびに。
どうして自分には辛く当たるのか、どうしてむやみに叩くのかト。
小太郎は恨みを抱かざるを得なかった。
そんな冷たい叔母ではございましたが。
天罰が下ったのかどうかは知りません。
二年前、小太郎が十五の年に。
ふとした病からぽっくりあの世へ旅立ってしまいました。
あんな人でなしでも養い親には変わらない。
すでに親もなく、また兄弟姉妹もない小太郎にとりましては。
養い親に死なれてしまえば、あとは天涯孤独の身でございます。
これからは己の力で食っていかなければなりません。
小太郎はやせ細った体に斧を担ぎまして。
毎日山へ入っていく。
木樵の真似事をし、身を粉にして働きます。
と言って、誰が助けてくれるわけでもございません。
それもそのはずでございましょう。
叔母の生前、小太郎はさんざん口答えして抗ってきた。
そのおかげで、世間ではわからず屋の乱暴者として通っている。
叔母に同情する者はあっても、小太郎に情けをかける者などございません。
それでも、なんとかひとりで苦労して、食っていけるようになりました。
「畜生。それに引き換え、巳之助のやつと来たら――」
巳之助ト申すは、近所に住む同じ年頃の木樵でございますが。
これは小太郎とはまるで正反対に、孝行息子として通っている。
性が穏やかにして誠実であることはもちろんのこと。
二親を常にいたわり、喜ばせようとする殊勝な若者として評判でございます。
「そんなものは、二親が大事に育ててくれているからだ。あんな恵まれた身の上に生まれておいて、何が親孝行だ。真面目に働いて、うまいものを食わせてやったからと、それが何だ。俺には食わせてやりたい親すらいなかったじゃないか」
小太郎はいつも心のなかで毒づいておりましたが、仕方がない。
一度出来上がった評判というものは、なかなか覆し難いものでございます。
そんな鬱屈を溜め込んでいたある年の暮れ。
小太郎はいつものように、斧を担いで山へ入った。
ト、つづら折れの山道の上の方に人影が見える。
よく見るト、それは巳之助でございました。
「畜生。こんな山奥で誰も見てないのに、いやにニコニコとしやがって」
そんな巳之助を見ておりますト、小太郎は無性に腹が立ってくる。
何の用があるわけでもないのに、後をつけていきました。
肩には鈍い光を跳ね返す、錆びかけた斧が一振り揺れている。
――チョット、一息つきまして。