こんな話がございます。
よく、悪事を働いた者を指差して、
「今に地獄に落ちるぞ」
ナドと脅す人がおりますが。
地獄に落ちるのも、実はそう単純ではございません。
少なく見積もっても八大地獄ト申しまして。
多く見積もれば百三十六地獄ナドとも申します。
これでは落ちる先を前もって決めておかねば迷ってしまう。
かト思えば、「生き地獄」ナドとも申します通り。
生きながらにして阿鼻叫喚の苦しみを味わう者もございます。
濃州池田は中の郷ト申す在に。
文秀ト名乗る禅僧がおりました。
若い頃には諸国を旅して廻りまして。
数多の師僧のもとで修行を積んだトか申しますが。
今では土地に根を張って棲みついている。
人を使って新田作りに精を出し。
金貸し、利殖にも色気を出す。
まったく世俗の垢にまみれきって。
この世を渡っておりましたが。
この生臭坊主がある時のこと。
ついに女色に手を染めました。
相手は庄屋の娘でございまして。
これがなかなかの美人でございます。
金に飽かせてずるずるべったり。
若い女と良い仲になる。
ト、やがてこの二人の逢引を。
あざとく嗅ぎつけた者がある。
「文秀さん。最近の坊主はいいですなあ。利も食えば、肉も食う。そのうち女も食いかねない」
文秀は腐っても僧侶でございますので。
女犯が表に出るとやはりまずい。
下手をすれば路傍で晒し者となる。
棘のある皮肉に冷や汗をかきました。
娘は娘で、家柄がございますから。
やはりこれも吹聴されるト困ります。
そこで、女の方より金子二両。
坊主からも同じく二両の金を。
この者に渡して口封じにかかる。
「おや、これはかたじけないが、せっかくですからいただきましょう」
ト言って、先方はニヤつきながら。
四両の金を懐にしまって去りましたが。
それから幾日も経たぬうちに。
村中で二人のことが噂となる。
哀れ文秀は囚われまして。
街道沿いの木の根元に縛られる。
自業自得とはいえ、三日晒の恥辱に遭った。
「おのれ、よくも人を騙しおって――」
罪人の怨念ほど手に負えぬものはない。
三日の間、じっと歯を食いしばって耐え抜きますト。
山中の庵に籠もって出てこなくなった。
夜ごと、閉め切った庵の中から聞こえる鈍い音。
ブスッ、ブスッ、ブスッ――。
仄かな月明かりを頼りに。
村のある者が板戸の隙間から。
そっと中の様子を窺いますト。
怒りで目を血走らせた文秀が。
己が作ったらしき藁の人形(ひとがた)を前に置き。
その節々めがけて、小刀を投げつけていたト申します。
――チョット、一息つきまして。