こんな話がございます。
森森たる木曽の山道、その夕暮れの景。
三十がらみの無口な猟師が一人。
その担え銃にぶら下がるように後を追う童が一人。
そして、その胸に抱かれた三毛猫が一匹。
二人の親子と一匹の猫が。
黙って山を下っておりましたが。
「父ちゃん」
「何だ」
「三毛が眠ったようだよ」
「飯を食って眠くなったんだろう」
「おら、腹が減った」
「待っていろ。そのうち里に出るはずだ」
猫が黙っていたのは眠気のため。
親子の場合は疲れと空腹のためでございました。
やがて父の言葉通り、里が見えてくる。
ト、親子の者を見かけて、こちらへ声を掛けてきた村人がある。
「旅のお方かね」
「いや、山向こうの村の者だ」
「へえ。それがどうして」
「獲物を追っていて、日が暮れた。子連れで帰るには遅いから、宿を借りたい」
「それなら、お堂へ泊まるが良い。村の者で夜具や食い物を持ち寄ってやるから」
愛想の良さとは裏腹に、家には泊めてくれません。
己の無愛想が嫌われたのだろうト。
父は倅と猫を連れて、破れ堂へ入っていきましたが。
どうしても、腑に落ちないことが一つある。
さっきのあの男。
やけに豪奢な着物を着ていなかったか。
山奥の寒村にはまるで不釣り合いな。
上等の柔らか物を着ていたが。
それにあの目つき。
にこにこと穏やかな笑みの下に隠していたが。
何か、人を品定めでもするような。
この猫は毛並みが良いがいくらで買ったか。
などと下衆張って訊いてきたが。
それでも、親子で難渋していたところを。
助けられたことに変わりはございません。
出された食事をありがたく食べ。
敷かれた寝床に早々に横になりました。
そして、夜は更ける。
父も子も猫も眠りに落ちた。
そう思われた頃――。
「誰だ。こんな夜中に」
ト、野太い男の声。
父はハッと目を覚ます。
この堂の中から何者かが。
外に向かって問うような口ぶりです。
――いつの間にか、村の奴らが勝手に上がり込んできたか。
あたりを見回すが、誰もいない。
己の傍らでは七つの倅が。
小さい寝息を立てており。
堂の片隅では三毛が丸まっているばかり。
格子窓から差し込む月明かりを浴びて。
「この村の者だ。話がある」
「まあ、聞こう。入れ」
そのやりとりを聞いて、猟師は血の気が引くほど驚いた。
凛とした口調で「村の者」に応じたのは、他でもない。
倅が道すがら拾ってきた、件の三毛猫でございます。
「世にも珍しい牡の三毛猫とはお前さんかい」
ト、格子窓越しに挨拶をして。
隙間から飛び降りてきたのは、一匹のぶち猫。
「そうには違いないが、嘲る気なら帰ってもらおう」
「おっと、こいつは失礼した」
向かい合った二匹の猫が。
旅の博徒でもそこにいるかのように。
こなれた様子で人語を交わしているのでございます。
いつしか猟師の傍らで、倅ががくがく震えておりました。
――チョット、一息つきまして。