こんな話がございます。
唐の国の話でございます。
ある地方に冉従長(せんじゅうちょう)ト申す軍人がございました。
この者は詩や書画の類をこよなく愛しまして。
これらに従事する者を篤く庇護しておりました。
そのため、冉の邸宅には様々な文人、画人が集まって暮らしておりました。
ある時、そのうちのひとりが竹林の七賢人の画を描きました。
竹林の七賢人ト申しますのは、三国末期に現れた七人の世捨て人のことでございまして。
俗世を嫌って酒を愛し、山中に籠もって談論を交わしたトされておりますが。
かの国でも、また我が日の本でも、古くから画題として好まれてまいりました。
その頭領格を阮籍(げんせき)ト申しまして。
俗物が来ると「白眼」で追い返し。
好人物は「青眼」で迎えたト伝えられております。
いわゆる「白眼視」の謂われですナ。
さて、この冉従長の邸宅に集まる者たち自身が、竹林の七賢人を気取ったところがございまして。
良く言えば、世俗を超越しているト申せましょうが。
悪く言えば、常に斜に構えたところのある曲者揃いで。
中でも、郭萱(かくけん)、柳城(りゅうじょう)の二人でございますが。
これらは常に火花を散らし合う好敵手でございました。
二人とも優れた画人ではございましたが。
どうしても、他人と異なる意見を披露しないト気が済まない。
そんなへそ曲がり同士ですから、同じ場にいるトどうしても衝突します。
郭萱がああだト言えば、柳城がこうだト言う。
柳城がああだト言えば、必ず郭萱がこうだト申します。
この時も二人の意地の張り合いに端を発しまして。
いらぬ騒動が巻き起こされたのでございましたが。
ある者が描いた竹林の七賢人の図を、冉従長とその食客たちが、感嘆しながら眺めておりますト。
柳城がその様子を見て、まずこのように申しました。
「なるほど、この画はよく出来ております。殊に七人七様の体勢の妙と言ったら、本当に素晴らしい。ところが、どうでしょう。この画は姿勢の均衡こそよくとれてはおりますが、ひとりひとりの心ばえといったものが、あまりよく表れておりません。ただ、外形の美にのみとらわれているように思います」
それに対して、郭萱がすかさず反論する。
「なるほど、これは柳君らしい意見です。美とは外形の妙のみに非ず、意の趣き、意の境地といったものが表れていなければならない、と。ただし、私はその意見に同意しかねます。柳君はあまりに肉体を軽んじている。体(たい)があって初めて意があるのです。肉体が滅びれば、どんな立派な心ばえも陰気に満ちた幽鬼に堕ちるではありませんか。それと同じことです」
冉従長も食客たちも、その場にいた者たちはみな、また始まったかト眉をひそめている。
二人はそんな周囲の困惑をよそに、議論を続けます。
「よろしい。では私がこの画に表れている体も意も、一遍に変えてみせましょう」
「ほほう。君は人の書いた画に、筆を加えようと言うのですか」
「いえ、違います。一筆も加えることなしにです」
冉従長がさすがに呆れて、口を挟みました。
「待て待て。君がどんな術を使うか知らないが、筆を一切加えることなしに、体と意との表れを変えてみせるとは、一体どういうことだ」
柳城が答えるより先に、郭萱が皮肉交じりに言いました。
「彼の使う術は詭弁術ですよ。我々の思いもつかないような屁理屈をこねるのが得意なのです」
すると、柳城は自信満々に答えました。
「私はこの画の中に入って、直接変えてまいりましょう」
一座は言葉を失いました。
さすがの郭萱も、呆気にとられて黙っている。
――チョット、一息つきまして。