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漆固めの妻

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どこまでお話しましたか。
そうそう、ご大家の若い主人が、新しい妻を娶ったところまでで――。

初夜。
二人の寝間の行灯が、フッと優しく吹き消されます。
外が闇なら内も闇。
その暗闇に忍び寄る、曲者があったかなかったか。

新妻は翌朝、家を出て行きました。
わけを聞いても震えるばかりで、何も言わない。

こうなると意地。
村の衆も意地を張るが、夫も何故か意地を張る。

それから五人の若い女が、入れ替わり立ち代り嫁に来ます。
が、皆まともに一夜を過ごしもせずに、朝には村を出て行きました。

六人目の妻を迎えた頃には、お堂には外から錠が下ろされていたそうな。
村人たちも寄り付かなければ、当主も忘れたふりをする。

初夜。
ト言っても、夫にはこれが六度目で。

主人は用足しと称して家を空けました。
幼い妻は下女と二人で寂しく待ちます。

芋の煮えたもご存じないよな、十三の小娘。まだ子どもです。
大方騙されて連れてこられたのだろう。
これではまるで人攫いだ。
――ト。

ガタガタッ、ガタガタッ。
何処からか、物音が響いてくる。
ガタッガタッ、ガタガタガタッ。

「おみつどん」
「――アイ」

ト、答えた下女は四十過ぎで。
初めの妻の時から、懲りずに奉公し続けている。
肝が太いのか鈍いのか――。
そんなおみつもさすがに震えた。

「裏庭の方から何か物音がするね」
「――アイ」
「旦那様は納屋だとおっしゃってたけど」
「……」
「私にはどうしてもお堂に見えるよ」
「……」
「おみつどん」
「……アイ」
「あのお堂の錠が、ガタガタと音を立てているのじゃないのかえ」
「……」
「……ねえ、おみつどん」

「……余計なことは考えねえもんだよ」
おみつはそう答えるのが精一杯で。

大柄な下女が震えてばかりいる。
それを見て若いご新造も妙に思っている。
ト、そこへ今度は――。

ドーン。

ト、地鳴りのような大きな音。

大方、お堂の扉が破られたのだろう。
おみつは途端に腰が抜けて、へなへなとその場に崩れ落ちました。
ト。

――チャリン、チャリン。
――チャリン、チャリン。




軽やかな鈴の音色が、だんだんこちらに近づいてくる。

「――クワバラ、クワバラ」

おみつはぶつぶつ唱えています。

――チャリン、チャリン。
――チャリン、チャリン。

「おみつどん。ねえ、おみつどん。誰かがこちらに歩いてくるよ。
ほら、ほら。ほらほら、ほらほら――。

ねえ、おみつどん。あの影だよ。月明かりを受けて障子に映る、あの影は。
あれは仏様ではないのかえ。

そうだよ。違いない。ねえ、おみつどん。あれは仏様だよ。
あなとうと、あなとうと――。

右手に金剛鈴を握られて、左手で片合掌をされている。
みずからのおみ足でもったいなくも、ここまでお越しになったのかしら」

スーッと障子が開きます。
影が形に変わります。
ぎゃーっと悲鳴を上げたのは、おみつだったか、ご新造か。

立っていたのは半裸の女。
ト、言いたいところではありますが。

月光に全身を黒光りさせた異形の者。
薄い紗の衣はあちこち虫に喰われている。
固い肌がパリパリと音を立てながら剥がれ落ちる。
目玉の抜かれた暗い穴から、激しい怨気が放たれています。

その時、アッと声を漏らしたのは、屋敷の主人のか弱い声で。
もう良い頃合いだろうと密かに戻ったが、鉢合わせたのがおそらく因果。

きびすを返して逃げ出したものの、すぐに激しい叫び声。
その悲鳴もまた闇に吸い込まれるように、虚しく消えていったとか。

代々続いたお屋敷は、今は見る影もないと申します。

夫婦の愛執が、やがて手のつけようのない妖魔と化したという。

そんなよくあるはなし――。
もとい、余苦在話でございます。

(「諸国百物語」巻二ノ九『ぶんごの国何がしの女ばう死骸を漆にて塗りたる事』ヨリ)

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