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非情乞食と茶屋娘

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こんな話がございます。
唐土(もろこし)の話でございます。

当時の都の一隅に。
石氏ト申す者が、茶店を開いておりました。
とは言え、あまり儲かる店でもなく。
一家は貧しく暮らしておりましたが。

石氏の唯一の自慢と申しますト。
他でもない、己の一粒種の娘でございます。

年を取ってからできた娘でございますので。
可愛くて可愛くてたまらない。
それこそ目に入れても痛くないと言いたいくらい。
イヤ、入るものならすでに入れているのではないかトいう。

この娘を産んだ妻でございますが。
ふとした病から、娘を残してこの世を去りまして。
それからというもの、石氏は男手一つで娘を育てる。
商売をしながら、いつも傍らにおいておりました。

その娘もようやく十二歳となり。
それなりに手がかからなくなってまいりましたので。
石氏は店の手伝いを徐々にやらせるようになる。

初めはお代の受取りなどをさせておりましたが。
そのうちに、茶を運ばせるようにもなりまして。
客の方でも、子どもとはいえ娘の見せる愛嬌に。
段々と店の評判も上がってくる。

貧しかった石氏の一家も、徐々に富み始めておりました。

さて、そんなある時のこと。
秋の初めの昼下がりでございます。
店の前の通りに、素っ頓狂な声が響いた。

「謝れッ、謝れッ。乞食だと思って馬鹿にしおって。お前たちの一人でも、わしのように大胆に乞食に身を落とせるのか。できまい。では、聞くぞ。わしより能力も胆力も劣る者が、どうしてそうわしを見下すのだ。馬鹿者ッ。謝れッ」

ト、誰に言うでもなく、喚き散らしている。
通りに居並ぶ店の者たちが、表に出てきて乞食を見る。




「あの乞食は一体、誰に怒っているんでしょうねえ」
「さあ。少なくとも私ではないはずですが」

皆が皆、そう思っている。
無理もございません。
今、声を聞いて目にしたばかりでございます。
見下したくとも見下しようがございません。

「きっと、気でも触れたんでしょう」
「なるほど。そうに違いない」

そう答えを出してしまうと、人々はそれぞれの店に戻っていった。

通りに店の者たちの姿がなくなりますト。
乞食はまるで哀れみでも乞うかのように。
急にしおらしくなってうなだれた。
すると、その姿のほうが、本来の姿のように見えてくる。

身にはボロ布をまとい、髪も髭も生え放題に伸ばしている。
長らく沐浴をしていないのか、髪が幾本もの縄のように束になっている。
決して小柄ではないその身体が、げっそりとやせ衰えております。
そうして、骨と皮ばかりの手を腹に当て、弱りきった顔をしている。

おそらく腹をすかせているのでございましょう。
娘が何となくかわいそうに思って見ておりますト。

その憐憫を逃すまいとでも思ったのか。
突然、こちらを向いて、乞食が向かってまいりました。

――チョット、一息つきまして。

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