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干将莫耶と眉間尺

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こんな話がございます。
唐土(もろこし)の春秋時代の話でございます。

楚の国に干将(かんしょう)と莫邪(ばくや)という夫婦がございました。
この二人は優れた刀匠でございまして、広くその名を知られておりました。

唐土も南の方へ行くと、山がちでございますから。
楚や呉、越などの地方では、良い鉄が採れるそうで。
自然、優れた刀匠もあまた輩出されたのだと申します。

さて、夫婦は楚王の命を受けて、剣を作っておりました。
五山の鉄精、六方の金英を集め、天地に伺いを立てながら鍛えておりましたが。
完成に三年もの月日を費やしたため、王の激しい怒りを買ってしまいました。

二人が作りましたのは、雌雄一対の剣でございまして。
苦労をともにしてやっと完成しましたので、名をそれぞれ「干将」「莫邪」とつけました。

その頃、妻の莫邪は子を身ごもっておりました。
いよいよ楚王に献上しに参殿しようという日、夫の干将が妻に申しましたことには。

「俺はもうこのまま帰ってくることはないだろう。残虐な王のことだ。きっと俺を殺すに違いない。もし生まれた子が男の子なら、こう伝えてくれ。『石の上に生える松、その背に剣あり』と」

かくして、干将は楚王の宮殿へ向かいました。
手には雌剣の莫邪ただ一本だけを携えております。
雄剣が別にあることを、無論、王は知りません。

ところが、これを見抜いた者がございまして。
宮中にその名を知られし相者でございます。

「お恐れながら申し上げます。この剣は元来、雌雄で一対をなすものでございます。干将が献上したのは、そのうちの雌剣のみと思われます。先程から剣がしきりに音を立てておりますのも、妻が夫を恋い求めている証拠に相違ございません」

確かに、びゅうっびゅうっと風を切るような乾いた音が、謁見の間に鳴り響いている。

三年待たされただけでも怒り心頭の王でございます。
その上、騙されたと知ると、もう捨て置くわけには参りません。
奉じられた剣を振り上げると、その場で干将の首を刎ねてしまいました。

飛び散る血が王の額に降り注ぐ――。

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それからしばらくの後。
妻の莫邪は男児を産みました。
名を赤(せき)とつけましたが、人々はもっぱら「眉間尺」と呼んでいる。
ト、申しますのも、眉間の幅が人並み外れて広かったためでございます。

釈迦は三十二相などと申しまして。
古来、英雄というものは何か特別の相を持っているようでございますが。
この眉間尺も、やがて立派な男子に成長いたしました。

幼い頃から眉間尺は、父の死の真相を秘されて育ってまいりました。
それは、母の莫邪には、夫の遺言がどういう意味を持っているか分かっていたからで。
かわいい我が子をみすみす危険な目に遭わせたくないのは、古今東西を問わず、これが親心というものでございます。

ところが、隠そうとすればするほど、その気配というものは、自然と相手に伝わるものでして。
ある日、眉間尺が母の前に進み出て、切々と訴えましたことには。

「母上は何かを隠しておられる。父上の死には、何か尋常ならざる事情があるのではございませぬか。どうして父上の名さえも、教えてくださらないのです」

ト、激しく詰め寄られると、母の莫邪もいよいよ観念するよりほかにない。
さめざめと涙を流しながら、これまでのいきさつを物語りました。

「して、その遺言とは――」
ト、眉間尺がまた一歩進み出る。

「それはこうです。『石の上に生える松、その背に剣あり』」
「石の上に生える松――」

眉間尺は家を出て、周囲を見回してみました。
南に山がある。
石の上に生える松とはいかにも奇妙だが、ともかくも山へ入ってみますト。
その山腹に松の木が一本生えておりました。

もしやト思い、その根を掘ってみますと、カンッと鋭い音がした。
見ると、松の根は大きな岩に絡みつくように生えている。
さらに掘り進めると、その陰についに一振りの剣を見出しました。

父がこれをわざわざ自分に託したのは、この剣をもって仇を討てとの命に違いない。

以来、眉間尺は名剣干将を肌身離さず、虎視眈々とその日が来るのを待っておりました。

――チョット、一息つきまして。

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