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戸田の渡し お紺殺し

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こんな話がございます。

昔、恋の遺恨から吉原遊郭において百人もの人間を斬り殺した者がおりました。
名を佐野次郎左衛門(さの じろざえもん)と申す、下野国佐野の豪農でございましたが。
これが世に言う「吉原百人斬り」でございますナ。
これからお話しいたしますのは、その父、次郎兵衛(じろべえ)の悪業でございまして。

次郎左衛門の父、次郎兵衛は内会師でございました。
ト申しますと、結構なご身分のように聞こえますが。
何の事はない、内会師というのはすなわち博奕打ちのことでございます。

ある晩、次郎兵衛は自身が住まっている長屋の木戸内で、かんざしを一つ拾いました。
家に帰って灯りに照らしてみるト、それが思いもかけない上物で。
とても長屋のかみさん連中が持っていそうな代物じゃない。

「そう言えば、この長屋の一番奥に囲い者がいたっけな」

その囲い者と申しますのが、江戸節のお紺の肩書を持つ、二十一、二の別嬪で。
暇に任せて河東節なんぞを唸っています。呑気な稼業もあればあるもの。
当時は松平安芸守の江戸お留守居役、斎藤為之助の妾となって、この長屋の隅に囲われていた。

翌日、次郎兵衛はさっそく届けに行きました。

「アラ、これはまたご親切に。てっきり盗られたものと諦めていたのでございますよ。せっかくですから、お上がりください」
「いえ、またお伺いいたしましょう」

ト、その日はそれで帰ってまいりましたが。
思い出せば思い出すほど、いい女で。
ろくに通っても来ないお侍に囲わせておくのは実に惜しい。
そんなふうにあれこれ思いを巡らせておりますト。

翌日になって、お紺の家から女中が酒と魚を届けに来た。
侍のお妾から物をもらって黙っているわけにも参りませんから。
次郎兵衛の方からもまた礼に行きまして。
それが縁となって、ちょくちょく遊びに行くようになり。
ついには怪しい仲になった。

そうなると、狭い長屋ですからすぐに噂は広まります。
たまに通ってくる旦那の耳にも入りまして。
もとより妾はお紺一人ではございませんから。
やがて自然と足が遠のいていきました。

鬼の居ぬ間に洗濯とばかりに、初めのうちこそは舞い上がっておりましたが。
妾というのは旦那あっての商売でございます。
そのうちに暮らし向きにも困るようになり。
お紺の品物を次郎兵衛が質に出し、その金で賭場へ稼ぎに行くようになった。

ところが、人間、堕ちるときは徹底的に堕ちるものでございます。
こういう時に限って、全く勝てない。
損ばかりして、金は減る一方でございます。

すると女の方でも、これは男から金を巻き上げるのが商売でございますから。
反対に巻き上げられるようでは割にあわない。
お互いに些細な事で喧嘩をするようになりまして。
次郎兵衛も面白くないから、あちこち渡り歩いて帰ってこないようになる。

それから幾月か経った、翌年の正月のことでございます。
雪の降る暮れ方、久しぶりに次郎兵衛がお紺の家に帰ってきた。
トントンと、戸口の前で傘の雪を払っておりますト。

「誰だい」

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ト、人の気配に感づいたのか、中からお紺の声がする。

「俺だよ」
「シロベエさんかい」

間の抜けたような声でお紺が答えます。
次郎兵衛はムッと腹が立ちまして。

「ヤイ、博奕打ちの亭主がちょっと家を空けたからって、その言い草は何だ。人を馬鹿にしやがる」

次郎兵衛はてっきり嫌味を言われたものと思っている。

「違うよ、そうじゃないよ」

ト、お紺が弁解するように申します。
その声にどこか寂しさがある。

「お前さんがいない間に、私はこんな顔になってしまったよ」

ト言ってこちらを振り返ったその顔は――。
顔中に瘡ができて、膿がダラダラ垂れている。
鼻が欠け落ち、息がひゅーひゅー抜けている。
「シロベエ」と聞こえたのも、これがおそらく原因で。
どうやら梅毒に侵されたようでございます。

「お前さん、酷いじゃないか。一文無しの私を置き去りにして。その目は何だい。人を化物か何かのように見る。病気にかかって外へ出られないものだから、正月だというのにもう食べるものもないんだよ」
「それじゃあ、食べるものをもってきてやる。そこで待っていろ」

出ていこうとする次郎兵衛に、お紺が必死ですがりつく。

「どこへ行くんだよ」
「エイ、寄るんじゃねえ」

ト、次郎兵衛は思わずお紺を引き離して、ドンと胸を蹴飛ばした。

後ろめたさを感じながらも、お紺の家を飛び出して行きました。
その後、二度とは戻りません。

――チョット、一息つきまして。

コメント

  1. 深川八幡太郎 より:

    能力もその罪も当世限りの個で完結することが当たり前の昨今で、業が代を跨いで続いていくというこのお話は、また別の趣で恐怖のタネになります。

    • onboumaru より:

      江戸怪談の主軸はやはり、業と因果のようでございます。
      これは江戸初期の説教僧が、布教のため積極的に怪談を利用したことも関係しているようです。
      「親の因果が子に報い……」などと申しますが、これも「悪業の報いは一代では終わらないと考えなさい」との教訓が含まれているものと思われます。