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児肝を取る貞盛

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どこまでお話しましたか。
そうそう、父、貞盛にまだ産まれぬ我が子の肝を奪われそうになった維衡が、医師に泣きついてなんとか難を逃れたところまでで――。

ぬか喜びと知った貞盛は、屋敷中に大号令を掛けまして。
とにかく誰でもいいから、身籠っている女を探せと命じました。
男か女か、腹を割いてみれば良い、ト申すのでございます。

これに青ざめたのが、炊事の間に勤めていた一人の女。
初めての子を授かって六月目に入ったところです。
大きな腹を抱えて働いておりますが、それも我が子のためと思えばこそ。
それが主人の厳命で、胎児を探しているというのですからたまらない。

決死の覚悟で逃げ出そうと、大慌てで荷物をまとめておりましたが。

「いたぞ。この女だ。逃げようとしている。捕まえろ」

ト、虚しく囚われの身となってしまいました。

「お助けください。お助けください。私の命は差し上げますから、子どもの命だけはお助けください」
「ならぬ、ならぬ。丹波守のご命令だ」
「それではせめて、我が子がこの世に生まれてから」
「胎児でなければならぬのだ」
「後生でございます」
「ええい、ジタバタするな」

五人がかりで腹の大きい女の手足を押さえつけまして。

着物を剥ぐ。
刀を突き刺す。
腹を割く。

ト、取り上げてみれば、女児でございます。
母も子も犬死にとなってしまいました。

その後、貞盛は屋敷の外から胎児の肝を手に入れまして。
瘡の方は次第に快癒していきましたが。
それが児肝のおかげだったかどうかは分かりません。

さて、貞盛の悪業はこれで終わらない。
医師に駿馬や装束、米などを山のように与えて帰しますと、再び息子の維衡を呼び寄せた。

「さて、瘡は治ったが――」

ト、父が息子をじろりと見る。

「わしの瘡がどうしてできたか、お前は分かるか」

思わず維衡は息を呑みました。
仮にも武士の子、ゆくゆくは一族を背負って立とうという人物です。
瘡の出来た理由も、父がそれを問う理由も、分からないわけがない。

「瘡の具合を拝見しましたところ、戦場で矢を受けた傷跡かとお見受けいたしますが」
「やはり、分かるか」
「ハッ」




ト、維衡は恐縮して頷きます。

「お前に分かるくらいなら、あの医師にも分かるだろう。わしは今、お上から夷征伐のために陸奥へ遣わされようとしている身だ。敵の矢を受けて瘡が出来、胎児の生き肝を塗りこんで治したなどと吹聴されてはかなわぬ。今頃は京へ帰る支度をしているところだろう。待ち伏せて射殺してこい」

これに維衡がなんと答えたかと申しますト。

「畏まって候」

ト、二つ返事で請け合った。

維衡はさっそく馬を走らせて、医師のもとへ駆けつける。

「大変なことになりました。あなたが京へ帰る道のりで待ち伏せ、山賊を装って襲うよう命じられたのです」

ついに自分の命まで危機に陥りまして、医師は歯の根も合わぬほどガクガクと震えている。
維衡も医師に妻子の命を救われた恩がありますから、必死で策を講じます。

「では、こうしましょう。山までは私の配下の判官代が警護につくことになっています。あれを馬に乗せ、あなたが従者のように歩いていくのです。私は馬上の者をともかく討ったことにして、あれを逃がしてしまいましょう。あなたはたまたま歩いていたので助かったということにすればよろしい」

さて、夕刻になり、丹波守に見送られて医師は出立しました。
維衡と示し合わせたとおり、山へ入ると馬から降りました。
判官代が馬に乗る。身代わりとなって襲われる。
討たれたふりをして判官代が去りますと、医師はようやく安堵して京へ戻りました。

維衡から報告を受け、丹波守貞盛もこれで安心しておりましたが。
数年後に、件の医師が生きて京に暮らしていることが伝わりまして。
息子を呼び寄せてなじりましたが、何分、時が経っておりましたから、有耶無耶となって終わりました。

命の助かった貞盛――。
妻子を救われた維衡――。
なんとか逃げおおせた医師――。

割にあわないのは、児肝のために命を奪われた二組の母子で。
貞盛の非道を怨み、末代まで祟ってもおかしくはないところでございますが。
その後、平氏一族はいよいよ盛んになり、滅亡まで実に二百五十年、何の障りもなかったという。

そんなよくあるはなし――。
もとい、余苦在話でございます。

(「今昔物語集」巻二十九第二十五『丹波守平貞盛、児肝を取る語』ヨリ)

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コメント

  1. 深川八幡太郎 より:

    卑賤の者には祟る力もない。それを考えれば、江戸の怪談で市井でも祟りや怨みが大繁盛する話し運びの方が、まだ溜飲が下がる思いがいたしますな。
    が、それもこれも今様の型に嵌った話し運びに、頭の芯まで毒されていることなのかもしれません。

    • onboumaru より:

      悪業に必ずしも報いがあるわけでない後味の悪さ。まさに余苦在話でございます。
      原文では一応、貞盛の所業を批判して終えていますが、いかにも辻褄合わせという感じがします。