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野守の鏡

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どこまでお話しましたか。
そうそう、春日の里で野守の老人に出会った山伏が、美しい池の名の由来を聞かされたところまでで――。

夜。
取り残された山伏は、池の端にぽつんと一人座っている。
風がそよそよと吹き、遠くの森で梟が鳴いています。
高い夜空に白い月が照っている。
ふと見下ろすと、池のおもてに同じ月。

その時、広い野原を一陣の風がびゅーっと通り抜けるように吹いた。

木々はざわめき、小鳥の羽音が響きます。
ところが、池はまるで氷がピンと張り詰めたように、波も立たない。
月影も微動だにせず、元の形を保っている。

「野守の鏡の霊異か。――いや、口にするなと言っていた」

山伏はあれからずっと老人のことを考えておりました。
池の美しさを讃えると、嬉々としてその名の謂われを語った老人――。
一方で、気安く口にするなと言い、野守の鏡は鬼神の手中にあると言い残して去った老人――。

山伏はその相反する言葉の意味を、ずっと一人で考えておりましたが。
考えれば考えるほど、禅問答のようで、答えが出ない。

春の初めのこととて、夜の風は肌にしみる。
池の水の冷気を吸い上げて吹くのですから、なおさらです。

山伏は思わず、ぶるぶるっと身震いしましたが。
水面に浮かぶ丸い月はびくもしない。
やはり、この池は妖鬼に魅入られているのではなかろうか。
ト、そろそろ心も乱れ始めた、その時――。

「やッ――」

強い光が山伏の顔を照らしました。
眩しさに目をつぶりながらも、少しずつ開けて見てみますト。

身は骨と皮ばかりに痩せさらばえ。
腰丈の長い白髪を振り乱し。
顔は鬼のような形相――イヤ、鬼そのもので。
円い銅鏡を胸の前に両手で掲げ、四方八方に月光を照らしている。

「ご老人ッ――」

よく見ると、それは紛うことなき野守の老人で。
山伏の呼びかけに、はっと鬼の面相を向けました。




「そのお姿はいかがなされた」

驚いて山伏が尋ねますと、鬼神はなお一層憤怒の色を激しくして。

「だから最前申したであろう。野守の鏡は鬼神の手にある。昼は野守の姿で池を守り、夜は塚に戻って闇を照らす。そなたの我を慕う念の強きがために、こうして呼びだされて出てきのだ」
「なんと、ご老人。御身の素性は――」
「我こそは雄略帝に仕えし野守――」

鬼神はなおも鏡を掲げ、そこかしこの闇を月光で照らし出す。
まるでなにか失われたものでも探すかのよう。

「野守の身分を隠れ蓑に、御禁制の小鳥を弓で射落としては食ったのだ。その罪がやがて露わになり、囚われの身となって寂しく死んだ――。水を鏡に見立てて鷹を見出し、帝からお褒めの言葉をいただいたのも今は昔。その栄誉が忘れがたく、念が高じていつしか手中に妙なる鏡を得た次第。夜毎、塚の中を照らしているが、あの日の誉れはいつまでも映しだされぬ。それ、見よ」

ト、うながされて山伏が、鏡の向く方を振り返りますト。
跳ね返った月光がそこに映し出していたのは、地獄の焦熱、阿鼻、叫喚の図。
悶え苦しむ衆生の姿に、山伏は思わず目を背けた。

「見よ、見よ。仮にも修行僧ならまっすぐに見よ。誰もが罪の報いをこうしてあの世で受けるのだ。この世の人間には思いもよるまい」

そう言って、じっと地獄を照らしておりましたが。
やがてその光の中に、みずから吸い込まれていきまして。

大風が吹く、光が乱れる。
初めて水面が激しく揺れる。
鬼神は大音声(だいおんじょう)で哭きながら、地獄へと戻っていきました。

地獄の一日は人間界の一千万年。
しかも五百歳を以って、次の世界へ転生すると申します。
この世の千数百年など、鬼神にとっては一瞬で。

いつになったらあの地獄の責め苦から、野守は逃れられるのだろうと考えますト。
気の遠くなるようなその先の長さに、山伏はただ合掌するよりなかったという。

そんなよくあるはなし――。
もとい、余苦在話でございます。

(世阿弥作ノ謡曲「野守」ヨリ)

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コメント

  1. 深川八幡太郎 より:

    禁猟地での狩りで罪を問われ、悲しき最期を遂げた者の話をよく聞きますが……。
    禁猟地とは何がしかの結界もしくは聖域など、狩場以外の特別な意味づけがあったのでしょうか?
    そうでも見ないことには、たかが小鳥ごときで気の遠くなるような地獄の責め苦を受ける野守があまりにも不憫。むしろ理不尽な気がいたしますな。

    • onboumaru より:

      日本で禁猟地、禁漁地と申しますと、天皇御料地、寺社の境内、もしくはそれらに食物を献上するための地――いずれにしても、仰るとおり聖地となりましょうか。
      また、天武天皇による「殺生禁断令」以来、日本では殺生ひいては肉食をことさら忌避する観念が強かったと申せます。
      そのため、漁師や猟師は「殺生を犯す罪深き身」としてしばしば描かれます。

      このお話では、野守の老人は聖地を汚したのみならず、殺生肉食の禁を犯したということになりましょう。
      が、確かに肉食が当たり前の現代では分かりづらいですね。

      ――と、ここまで申して何ではございますが、実はもとの世阿弥の謡曲に「小鳥を射殺して食った」というくだりはございません。
      この部分は同じく謡曲の「阿漕(あこぎ)」(伊勢神宮に魚貝を献上する禁漁の沖で、禁を犯した漁師が海に沈められる。語り手の老人が実はその亡霊)の粗筋から借用いたしました。
      元の「野守」の後半部分は、「鬼神の姿で再び現れた老人が、手にした鏡で天と地獄を映し出し、力強い舞を披露した後、地獄へ戻っていく」という粗筋で、老人の正体が鬼神である背景は特に描かれておりません。
      一般的には「土地の荒ぶる精霊」のように解釈されることが多いようです。

      (※本文中に一部誤記がありましたので、訂正いたしました)

      • 深川八幡太郎 より:

        種明かしありがとうございます。
        阿漕は伊勢の津出身の妻の故郷の町内です。
        その地に平治煎餅という素朴な菓子があるのですが、それの菓子の由来が今回のお話を思い出させます。
        http://www.heijisenbei.com/heiji/index.html

        • onboumaru より:

          オヤ、ご町内でございましたか。
          津のご出身と伺っておりましたので、もしやご近所ではト思っておりましたが。
          よろしくお伝え下さい。