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京女の生首

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こんな話がございます。

京の都に一人の若い僧侶がございました。
名を西念と申します。

実はこの西念、寺に入る前に一人の女と情を通じておりました。
当然、受戒して僧となった以上、女とは手を切るのが道理でございますが。
西念は意志が弱かったのか、さてまた煩悩が強かったのか。
いまだに夜ごと寺を抜けだしては、女と密かに逢瀬を重ねております。

ところが、この密通が露見する前に、二人の仲は自然と引き裂かれることとなりました。
ト申しますのも、師僧の命により、西念は東国の檀林へ送られることになったのでございます。
つまり、学問所で修行をしてきなさいトいうわけですナ。

西念は女が愛しい、名残惜しい。
どうしても別れたくはございません。
ト言って、己は修行の身。
師僧の命に背くわけにもまいりません。

しばらく西念は女には知らせず、ひとり悲嘆の日々を過ごしておりましたが。
時は人を待ってはくれませんので、やがて出立の日が無情にもやってまいりました。

西念は夜のうちに京を発つことにいたしました。
旅姿で女の前に現れますト、かくかくしかじかと事情を告げる。
女は泣いて袖にすがり、旅路をついてまいります。
こうなると、むげに振り払うことも出来ません。

そうこうしているうちに、二人は粟田口までやってまいりました。
ここは三条白川橋の東、東海道の入り口でございます。
そろそろ東の空が白み始めているのを見て、西念もさすがに焦り始めた。

「愛しく思う気持ちは変わらない。だが、私も僧籍にある身だ。夜明けが近づいてきた。人目については、何を言われるか分からない。お互いに思いを断ち切って、ここで別れることにしよう」

だが、女は聞きません。
突然の別れ話に動転して、狂女のように取り乱している。

「別れるですって、別れるですって――。でも、あなたと別れたら、私はもう生きてはいけません。と言って、東国まで追いかけることもならないのでしょう。それなら、私の首を切ってください。いつまでもそばにおいていてください」

ト、懐から取り出したのは短刀で。
目の前にまっすぐ差し出されて、男は女の覚悟を知りました。




いつ別れの日が来てもいいように、女は常日頃、身につけていたに違いない。
その情愛の深さ、強さに、男は圧倒されまして。

「帰れと言って帰るつもりはもうないだろう。と言って、私も東国まで連れていくわけにもいかない。どうすればよいのだ」

辺りはいよいよ明るくなる。
小鳥の啼き声も聞こえてくる。
時は刻々と迫ってきます。
眼前に迫るは女の短刀。

男はためらった末に、その小刀を受け取りました。

「許せッ」

衣を剥ぎますと、雪のように白い肌。
エイッと一念、氷の刃(やいば)を突き刺した。
鮮血が吹き出して、西念の顔に飛び散ります。
その感触が生暖かい。

女が息絶えたのを確かめますト、刀をおもむろに首に押し当てた。

「ううっ、ううっ、ううっ――」

夜明けの街道、若い僧侶のうめき声。

女の首を切り落としますと、丁重に油紙に包み、振分け荷物に収めました。

――チョット、一息つきまして。

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コメント

  1. 深川八幡太郎 より:

    湛慶と言い、西念と言い、求道とは裏腹な話が続きますな。何ともままならないものです。いっそ端から世俗にまみれていた方がよほど気楽に生きられるのかもしれませんな。ま、煩悩の塊がそんなことを言うのも滑稽ではありますが。

    • onboumaru より:

      理想を追い求めれば追い求めるほど、現実との差異に苦しみや恐怖が生じるのかもしれません。