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夜ごとの妻

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こんな話がございます。
唐の国の話でございます。

よく、「ここだけの話だ」ナドと言って、つまらない話を持ってくる人がおりますが。
そういう者に限って、あちこちで「ここだけ」ト言って回っている。
一体、この者の「ここ」はどこまで広いのかト、不思議に思うことがございますが。
秘密はやはり、己の胸に秘めておきたいものでございますナ。

唐の元和年間のこと。
王勝(おうしょう)と蓋夷(がいい)という者がおりまして。
この二人が科挙の試験を受けた時のことでございます。

時節柄、どこも宿は満員で、二人は泊まる場所がない。
あちこち探し求めて、ようやく郡の書史の家で間借りをすることになった。

間もなく、他の部屋も間借り客で埋まり始めましたが。
向かい側にある建物だけは、何故か細い縄で門が塞がれている。

気になって、窓からその建物の一室を覗いて見ますト。
一人用の寝台に粗末な布団、それから枕元にぼろぼろの籠があるばかりで。
広い部屋は実に閑散としております。

「あの部屋には誰か泊まっているのですか」

ト、隣室の者に尋ねてみますト。

「竇玉(とうぎょく)という男が住んでいるそうですよ。確か、字(あざな)は三郎で、学問がありながら仕官もせずにいるように聞きましたが」

それを聞いて、二人はやや憮然とした。

自分たちは試験のために勉強をしなければならない。
こちらの部屋は狭いが、あちらは広くがらんとしている。
こう言ってはなんだが、向こうは遊んで暮らしているようなもの。
それなら、この数日間だけでも、部屋を変わってはくれまいか。

王勝と蓋夷は、竇玉が帰ってきたら掛けあってみようと、話し合いました。

するト、その日の夕暮れ頃。
竇玉らしき若い男が、驢馬に乗って帰ってきた。
少し酔っているようで、酒の匂いが漂っている。
二人は歩み寄って、声を掛けた。

「科挙を受けに来た者です。宿にあぶれまして、ようやくこの家の西廊に間借りをすることが出来ました。ただ、当日まで勉強をしながら待つには、部屋が少し狭いのです。そこでお頼みしたいのですが、貴方は奥様もいらっしゃらないようですし、昼間はお出かけのご様子です。どうか、我々に部屋をお貸し下さるわけにはまいりませんでしょうか」

ト、くだくだしく述べましたが。

竇玉はただ一言、

「嫌ですよ」

ト言って、足早に去ってしまった。

二人は怪訝に思いましたが、嫌と言われれば仕方がない。
よほど人付き合いが嫌いな人物らしく見えました。

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その日も夜が更けて、そろそろ床に就こうとしておりますト。
ふと、二人の鼻元に妙な香りが漂ってきた。
今まで嗅いだこともないような、何とも言いようのない異香です。

何か怪しいものを感じまして、二人はハッと身を起こし顔を見合わせる。
香りは外から漂ってくるようです。

窓から覗くと、向かいの部屋には薄絹の帷(とばり)が下ろされている。
その帷の中から女たちの嬌声が聞こえてきます。

「行ってみようか」

どちらかともなくそう言いますト、二人は向かいの建物へ忍んでいった。

昼にはあれほど閑散としていた部屋が、四方に華麗な帷を張り巡らしている。
その隙間から、例の奇香が漂ってきます。
中を覗くト、色とりどりの大皿に山海珍味が盛りつけられております。

竇玉と差し向かいに座っているのは、一人の気品ある女。
年の頃は十八、九で、その妖しい美しさは譬えようがない。
周囲には十数人の侍女がかしずいて、二人の食事の世話をしております。
そのうちの一人が銀の炉で茶をたてている。

王勝と蓋夷は、何やら幻でも見ているような気分になった。

「妖鬼ではなかろうか」
「それなら確かめてみるまでだ」

二人は立ち上がり、戸を開けて中へ入る。
気づいた女たちは慌てて帷の袖に隠れながら、

「まあ、なんて人たちでしょう。突然、ひとの家に押し入ったりして」

ト、口々に不満を言っている。

竇玉はト申しますト、狼狽の色を鉄仮面の下に隠しながら。
何事もなかったかのように、じっと黙って座っている。

「いや、これは失礼をいたしました」

王勝と蓋夷も、竇玉の態度に他に言うべき言葉を知らず、あっさりと辞して部屋を出る。

階下に降りると、部屋の中から女たちの声が、

「ひどい人たち。古の言葉に、隣人を見て居を定めよとあるのも、もっともなこと。どうして、あんな人たちと同じ家に住むんです」

などト、まだ言い立てているのが聞こえてくる。
それを竇玉がなだめる声が聞こえたかと思うと、再びかの嬌声が響き渡った。

――チョット、一息つきまして。

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