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猫定

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こんな話がございます。

両国の回向院に猫塚トいうものがございます。
猫が死にますト、飼い主が回向料とともに、猫の亡骸を持ち込みまして。
寺の僧侶がお経を読んで、猫を葬ってくれるという。
これは、この塚に最初に入ったという猫の話でございます。

八丁堀の玉子屋新道に、魚屋を営む定吉ト申す者がございました。
もっとも、魚屋とは名ばかりで、その実は博奕打ちでございます。
毎日を遊んで暮らしている。

この日も、朝湯の帰りに馴染みの三河屋という居酒屋に立ち寄りまして。
風呂あがりの一杯とばかりに、呑気に引っ掛けておりますト。
ポカッ、ポカッと、頭の上から妙な音が聞こえてくる。

博奕打ちというのは、我々とはものの考え方が異なっているようで。

――板に何かを叩きつける音がする。
なるほど、やってやがるな――

ト、てっきり丁半博打の壺を伏せる音と勘違いいたしまして。

「おい、六さん」

店の者を呼びつけます。

「なんだい、水臭えじゃねえか。やってるならやってるで、教えてくれてもいいだろうに。俺も仲間に入れてくれ。取り次いでくんなよ」
「博奕ですか。滅相もない。うちではそういったことはさせません。二階は物置ですよ」

それでも、確かに音がするのは妙でございます。
店の者が二階へ上がっていって、やがて下りてまいりました。

「分かりました。あれは猫です」

こういった店は、商売柄、どうしても猫が寄ってくる。
今朝も早くに仕入れておいたイナダを、勝手に食ってしまったそうで。
あんまり腹が立つから、焼け火箸で目玉を刺してやろうかとも思ったが。
店の主人が、せめて橋の上から放り投げる程度にしてやれと言ったという。

「それで柱にふん縛っておいたんですがね。今、見に行ったら、なんとか逃げ出そうとして、立ち上がっては倒れてやがる。あれはその音ですよ」

定吉は柄にもなく、猫がちょっと不憫に思えまして。
死なせるくらいなら、自分が引き取って育てるからト。
金を渡して猫を貰い受けました。

差し毛の一本も見当たらない、正真正銘の黒猫です。
定吉は懐に入れるト、店を出て家に帰った。

家では女房のお滝が待っています。
定吉が懐から黒猫を取り出しますト、途端に渋い顔を浮かべまして。

「やだよ、そんなものを持って帰って。私は猫は嫌いなんだよ」

ト、そっぽを向いて風呂に行ってしまう。

定吉は、自分が命を救ってやった猫ですから。
恩を着せるわけではないが、やはり可愛い。
一人残った家の中で、猫を抱き上げて話しかける。

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「そういや、名前を聞いてこなかったな。大抵の猫ならタマとかミケとか付けるんだが、お前はそんなガラじゃねえ。全身真っ黒で、熊みてえだもんな。そうだ。クマってのはどうだ」

するト、猫がにゃーごト鳴く。

「にゃーごだと。ヘヘ。鳴かなくていいから、恩返しのひとつでもしてみろよ。俺をちょっとは儲けさせてくれたら、拾った甲斐もあるってもんだ」

ト、猫に博奕の講釈をいたします。

「一つでやるのをチョボイチ、 二つ使うのを丁半、三つ使うのをきつねと言う。俺がやってるのは丁半だ。グニの半、二ゾロの丁ってな」

定吉は賽を湯のみに入れて、畳の上に伏せますト。

「どうだ。表から見たらどの目か分からないだろう。だから、銭を賭けて当てるんだ。猫は魔物というから、お前なら当てられるだろう。おい、なんとか言ってみろよ」

猫は相変わらず、にゃーごト鳴く。

「俺は、丁が出ると思うな。お前は何だ。にゃーごか。よし、俺が丁で、お前がにゃーご。勝負ッ」

ト、戯れながら湯呑みを開けますト、一二の半。

「おかしいな、半か。するってえと、お前のにゃーごは半か。ヘヘ、にゃご半か。それじゃあ今度は俺が半だ」

すると、今度は猫がにゃご、にゃごト、二回鳴く。

「なんだい、妙な鳴き方をしやがる。今度はにゃごにゃごの丁ってか」

ト、笑いながら湯呑みを開けるト、二ゾロの丁。

それから何度繰り返してみましても、猫がにゃーごと鳴くと半。
にゃごにゃごト、二回鳴くと丁が出ます。

「お前、本当に恩返ししてくれるつもりだな。こいつはいい」

それから定吉は、賭場へ行くたびにこの猫を懐に忍ばせていく。
にゃーごの半、にゃごにゃごの丁で、どんどん金が儲かりまして。
羽振りがよくなるト、兄い、親分と立てられるようになる。
猫を始終連れて歩くので、そのうちに猫定と呼ばれるようになった。

博徒の世界では、あだ名がついたら一人前ト申すそうでございますが。
一人前になるト、自然、悪評も目立つようになる。
そのうちに江戸にいられなくなり、ふた月ばかり旅に出ることにいたしまして。
定吉は、猫を女房に預けて家を出た。

これが惨劇の幕開けでございます。

――チョット、一息つきまして。

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