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猫定

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どこまでお話しましたか。
そうそう、博奕打ちの定吉が、猫の鳴き声で賽の目を当て、兄い、親分ト立てられるようになるところまでで――。

亭主の定吉が家を空けますト。
女房のお滝は、子分の若い者を家に引き入れるようになりまして。
長屋の住人たちが眉をひそめるのも、まったく気にしておりません。

そのうちに、人の噂も七十五日トばかりに。
ほとぼりが覚めた頃を見計らって、定吉が江戸に帰ってくる。

帰ってくるト、猫を連れてまたぞろ博奕へ出掛けます。

その夜。
お滝は、間男の若い者を呼びつけ、相談をした。

定吉がいては、お互い落ち着いて逢瀬を楽しむこともままならない。
いっそ、ひと思いに殺してしまってほしい。

若い者は、親分の家の姉御に見込まれたことで、男が上がったつもりになり。
箒を斜に切って油をかけ、ジリジリと火で炙る。
これは竹槍を作っているのでございます。

そうして、鯵切り包丁を手ぬぐいで包みますト。
腰に差して、長屋を飛び出していきました。

定吉は、馴染みの賭場へやってきておりましたが。
その晩はどうしたことか、猫が一向に鳴きません。
体の具合が悪いのだろうか。
まあ、今まで稼がせてもらったのだから。

ト、この時にはすでに情が移っておりますから。
猫の具合を優先して、素直に帰ることにいたしました。

賭場を出るト、ポツポツと雨が降り出してくる。
定吉は猫を懐に大事にしまって、新橋の喜多川といううなぎ屋に駆け込んだ。

一杯やりながら、猫に鰻の切れ端をやるのが、この頃の楽しみでございます。
ところが、いつもはよく食う猫が、これまた今日に限って口をつけようといたしません。

「本当に具合が悪いんだな」

定吉は心配しまして、鰻を折り詰めにしてもらい、店を出て行きました。

そこからさらに歩いていきますト、采女が原ト申すただっ広い馬場に出ますが。
ここは夜になるト追い剥ぎが出るほど、寂しいところでございます。
定吉と猫が通りかかった時には、雨も激しい本降りになった。

「慌てて出てきたもんだから、さっきの酒が小便になった。クマさん、ちょいと失礼するぜ」

ト、広い原の真ん中で、定吉は裾をまくって用を足す。
洪水のような雨水に、小便がたちまち流されていきましたが。
その背後から忍び寄る足音も、全く聞こえないほどの篠突く雨。

若い者は今だトばかりに、竹槍を背中に突き刺した。
不意を突かれた定吉は、ぬかるみにバシャンと倒れこむ。
起き上がろうとするところへ、鯵切り包丁を胸元へずぶり。
ト、血まみれの懐から飛び出したのは、小さな黒い影。

お滝は、大雨になったのを心配して、男の帰りを待っている。
その時、台所の煙を逃がす天窓の紐が、ぷつっと切れる音がした。
ト思うト、たちまちザザーッと雨が入り込んでくる。

家が水浸しになってしまってはかなわないト。
お滝はたらいを手に、慌てて駆け寄りましたが。
そこへ、上からダーッと飛び下りてきましたのは。
やはり、小さな黒い影で。

ギャーッという悲鳴を聞きつけまして。
長屋の者がなんだ、なんだト、駆けつけてくる。
雨の降り込む中、お滝が仰向けに倒れている。
見るト、胸のあたりが一面、血まみれで。




騒ぎを聞きつけて、長屋の一同がみなやってきます。
ご検死が来るまでは手を付けることが出来ませんので。
そのまま夜明けを待っておりましたが。
朝になり、賭場から訪ねてきた者がございます。

「猫定の親分が、采女が原で死骸で見つかったそうでございます」

一同が出掛けるト、確かに定吉が胸から血を流して死んでいる。
が、その脇にもう一人、若い男の死骸がございました。

「こりゃ、お滝のもとに通っていた間男だ」

昼になり、ご検死が下りて、その晩は定吉とお滝の通夜でございます。
長屋の者たちが集まってまいりまして、夫婦の生前の話などをする。
そのうちに夜中になり、一人、二人と眠ってしまった。

部屋には、棺が二つ並んでいる。
その棺の蓋が、一つ開き、二つ開いた。

中から二人の死骸がぬーっと現れて立ち上がる。
その様はまるで、浄瑠璃に用いる人形のようでございます。

互いに血まみれの二人が、目をカッと見開いている。

ふと目を覚ました者が、それを見て大声を上げまして。
びっくりした一同が、我先にト全員、外に出る。

「大変だ。仏に魔が憑いた」

そこに帰ってきましたのが、長屋に住まう浪人者。
住人たちから事情を聞きますト、中の様子を窺いました。

棺の置いてある壁の向こう側は空き家でございます。
壁の下の方に穴が開いていて、紙で塞いでありました。
その紙が風にひらひら揺れている。

浪人はそれを見て、小刀をさっと引き抜き、突き刺した。
ギャーッとすさまじい悲鳴があたりに響き渡ります。

「隣に行って、見てごらんなさい」

長屋の者たちが促されて見に行きますト。
血まみれの猫が、人間の肝を二つ、手に握って息絶えていた。

主人の恩義に報いようト。
猫が姦夫淫婦を討ったのだト。
人々は口々に猫の忠義を讃えました。

この話が巷間に広まりますト。
猫とは言え主人の仇を討つのはあっぱれであるト。
根岸肥前守ト申す、時の町奉行が褒め称えまして。
両国の回向院に塚を建てて、これを葬ったという。

そんなよくあるはなし――。
もとい、余苦在話でございます。

(落語「猫定」ヨリ)

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