::お知らせ:: 画師略伝 葛飾北斎 ―画狂老人は一処に安住せず― を追加しました
 

妲己のお百(三)おきよの亡霊

この怪異譚をみんなに紹介する

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • 21

こんな話がございます。
またぞろ、妲己のお百(だっきのおひゃく)の悪行譚でございます。


こんな話がございます。 これから幾回かに分けまして。 「妲己のお百(だっきのおひゃく)」の悪行譚をお話しいたしますが。 今回、お百はまだ出...
(大坂の廻船問屋、桑名屋。先代が斬った海坊主の怨霊が、十数年の時を経て甦る)

こんな話がございます。 いよいよ、妲己のお百(だっきのおひゃく)の悪行譚でございます。 (大坂の廻船問屋、桑名屋。先代が斬った海坊主の怨...
(海坊主に憑かれたお百が、桑名屋の女房を理不尽に追い出し、死に追いやる)

さて、お百の義理の兄である、棒手振り魚屋の新助でございますが。
おきよの残した赤ん坊を、男手一つで必死に育てました。

近所の者たちもこれに大層同情いたしまして。
魚を買いがてら、乳飲み子の面倒を見に集まってくる。
新助が切り身にしている間に、脇に連れて行って乳をやる者もございます。

血は繋がっていないとは言うものの。
己の義理の妹が、この子にとっては親の仇。

きっとこの小父貴が、助太刀をいたしましょうト。
赤子の成長ばかりを心の支えに、日々を暮らしておりますが。

そこはやはり、男やもめでございますから。
一日中、商売と子育てに追われておりますト。
長屋に戻った時分には、すっかり疲れきっている。
赤子を抱いたまま、いつの間にかグウグウと寝てしまいます。

そうして夜中に、ふと目を覚ますのが常でございましたが。

ある晩のこと――。
九つ(零時)の鐘の音で、ハッと目を覚ましますト。

点けっぱなしになっていた、行燈のほの暗い灯りのその陰に。

やせ衰えた女が立っている。
糸のような白く細い手。
その手に小さな赤子を抱き。
乳を口に含ませている。

「お、おかみさん――」

思わず新助が声を漏らしますト。
おきよの霊は、悲しそうな顔を、ゆっくりとこちらに向けました。

「おかみさん、出るところを間違えていらっしゃる。どうか、こんな貧乏長屋ではなく、桑名屋の方へ出てやってくださいまし――」

新助が古畳に額をこすりつけておりますト。
いつしか、赤ん坊が一人で泣いている。
おきよは姿を消しておりました。

それから幾日も経たぬうちに。
大坂じゅうに嫌な噂が立ち始める。

曰く、川口の廻船問屋、桑名屋の家に幽霊が出る――。
暮れ方になると、川口の往来は止まるらしい――ト。

一犬、虚に吠え、万犬これに和すトハ申しますが。
いつしかその噂が、あたかも事実のように一人歩きをする。
もっとも、火のないところに煙は立たぬとも申します。

ともかくも、人々は桑名屋徳兵衛とその新妻お百の非道を口々に謗りました。

そして、おきよが死んで三年目の忌日の晩――。

火の気のないはずの土蔵から火が出まして。
たちまち桑名屋の本宅から店蔵、奥蔵までを焼き尽くしました。




「なに、まだ河岸(かし)の蔵が残っている。それに親船も二艘ある」

金がなければ商売人はただの人でございますから。
徳兵衛はお百を引き止めるために、必死で虚勢を張っている。

ところが、こういう時にものを言うのは人望でございます。

「おい、桑名屋の河岸蔵がまだ残っているぞ」
「仏罰だ。潔く丸焼けにしてやれ」

ト、二人の行状を快からず思っていた者たちが、火を放ちまして。
唯一残っていた河岸蔵までが失われてしまった。

するト、翌日早く――。
今度は抱えている船頭二人が、桑名屋の仮宅へ乗り込んでくる。

「旦那、大変なことが起きました」
「天神丸に明神丸が、シケに遭って沈みました」

徳兵衛はさっと青ざめて、震え声で尋ねます。

「に、荷はどうした」
「全部沈みました」
「いや、荷どころじゃない。我々二人を残して、他の乗り手はみな死にましたよ」

そのやり取りを奥で聞いていたお百が、苛立った様子で徳兵衛を呼び寄せます。

「何を縮み上がっているんですよ」
「だ、だって、お前――」
「あんなもの、嘘に決まってるじゃありませんか。ああいうのを火事場泥棒と言うんですよ」
「しかし、今の状態でどうしろと――」

おどおどしている徳兵衛に、お百が耳打ちをいたします。
それから、背中をドンと押されまして。
徳兵衛が、船頭二人の前に出てまいりました。

「今度の難船では、本当に苦労をさせた。乗り手たちの弔いも盛大に出してやりたいが、知っての通り店は丸焼けになってしまった。ここに二両ある。少ないが、これで私の代わりに弔いを出してやってくれ」

船頭二人は文句も言わずに、金を受け取って懐にしまう。

「ところで、一つ頼みがある。船が二艘とも沈んでしまったとなると、俺の身代はもう何も残らない。廻船問屋としての信用にも関わる。今度のことは、どうか黙っていてくれないか」

二人の船乗りは、すべてを呑み込んで、立ち去りました。

それから徳兵衛は、無事なのかどうかも分からない、親船二艘を抵当に入れまして。
あちらこちらへ無心をして回り、なんとか百五十両の金を借り集めてまいりました。

この金を持って、その晩のうちに。
お百と大坂を逐電いたしまして。
一路、江戸を目指しましたが。

これすべて、毒婦の入れ知恵によるものでございます。

――チョット、一息つきまして。

この怪異譚をみんなに紹介する

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

新着怪異譚のお知らせを受け取る