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妲己のお百(三)おきよの亡霊

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こんな話がございます。
またぞろ、妲己のお百(だっきのおひゃく)の悪行譚でございます。


(大坂の廻船問屋、桑名屋。先代が斬った海坊主の怨霊が、十数年の時を経て甦る)

妲己のお百(一)海坊主斬り
こんな話がございます。 これから幾回かに分けまして。 「妲己のお百(だっきのおひゃく)」の悪行譚をお話しいたしますが。 今回、お百...

(海坊主に憑かれたお百が、桑名屋の女房を理不尽に追い出し、死に追いやる)
妲己のお百(二)桑名屋乗っ取り
こんな話がございます。 いよいよ、妲己のお百(だっきのおひゃく)の悪行譚でございます。 (大坂の廻船問屋、桑名屋。先代が斬った海坊主...

さて、お百の義理の兄である、棒手振り魚屋の新助でございますが。
おきよの残した赤ん坊を、男手一つで必死に育てました。

近所の者たちもこれに大層同情いたしまして。
魚を買いがてら、乳飲み子の面倒を見に集まってくる。
新助が切り身にしている間に、脇に連れて行って乳をやる者もございます。

血は繋がっていないとは言うものの。
己の義理の妹が、この子にとっては親の仇。

きっとこの小父貴が、助太刀をいたしましょうト。
赤子の成長ばかりを心の支えに、日々を暮らしておりますが。

そこはやはり、男やもめでございますから。
一日中、商売と子育てに追われておりますト。
長屋に戻った時分には、すっかり疲れきっている。
赤子を抱いたまま、いつの間にかグウグウと寝てしまいます。

そうして夜中に、ふと目を覚ますのが常でございましたが。

ある晩のこと――。
九つ(零時)の鐘の音で、ハッと目を覚ましますト。

点けっぱなしになっていた、行燈のほの暗い灯りのその陰に。

やせ衰えた女が立っている。
糸のような白く細い手。
その手に小さな赤子を抱き。
乳を口に含ませている。

「お、おかみさん――」

思わず新助が声を漏らしますト。
おきよの霊は、悲しそうな顔を、ゆっくりとこちらに向けました。

「おかみさん、出るところを間違えていらっしゃる。どうか、こんな貧乏長屋ではなく、桑名屋の方へ出てやってくださいまし――」

新助が古畳に額をこすりつけておりますト。
いつしか、赤ん坊が一人で泣いている。
おきよは姿を消しておりました。

それから幾日も経たぬうちに。
大坂じゅうに嫌な噂が立ち始める。

曰く、川口の廻船問屋、桑名屋の家に幽霊が出る――。
暮れ方になると、川口の往来は止まるらしい――ト。

一犬、虚に吠え、万犬これに和すトハ申しますが。
いつしかその噂が、あたかも事実のように一人歩きをする。
もっとも、火のないところに煙は立たぬとも申します。

ともかくも、人々は桑名屋徳兵衛とその新妻お百の非道を口々に謗りました。

そして、おきよが死んで三年目の忌日の晩――。

火の気のないはずの土蔵から火が出まして。
たちまち桑名屋の本宅から店蔵、奥蔵までを焼き尽くしました。

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「なに、まだ河岸(かし)の蔵が残っている。それに親船も二艘ある」

金がなければ商売人はただの人でございますから。
徳兵衛はお百を引き止めるために、必死で虚勢を張っている。

ところが、こういう時にものを言うのは人望でございます。

「おい、桑名屋の河岸蔵がまだ残っているぞ」
「仏罰だ。潔く丸焼けにしてやれ」

ト、二人の行状を快からず思っていた者たちが、火を放ちまして。
唯一残っていた河岸蔵までが失われてしまった。

するト、翌日早く――。
今度は抱えている船頭二人が、桑名屋の仮宅へ乗り込んでくる。

「旦那、大変なことが起きました」
「天神丸に明神丸が、シケに遭って沈みました」

徳兵衛はさっと青ざめて、震え声で尋ねます。

「に、荷はどうした」
「全部沈みました」
「いや、荷どころじゃない。我々二人を残して、他の乗り手はみな死にましたよ」

そのやり取りを奥で聞いていたお百が、苛立った様子で徳兵衛を呼び寄せます。

「何を縮み上がっているんですよ」
「だ、だって、お前――」
「あんなもの、嘘に決まってるじゃありませんか。ああいうのを火事場泥棒と言うんですよ」
「しかし、今の状態でどうしろと――」

おどおどしている徳兵衛に、お百が耳打ちをいたします。
それから、背中をドンと押されまして。
徳兵衛が、船頭二人の前に出てまいりました。

「今度の難船では、本当に苦労をさせた。乗り手たちの弔いも盛大に出してやりたいが、知っての通り店は丸焼けになってしまった。ここに二両ある。少ないが、これで私の代わりに弔いを出してやってくれ」

船頭二人は文句も言わずに、金を受け取って懐にしまう。

「ところで、一つ頼みがある。船が二艘とも沈んでしまったとなると、俺の身代はもう何も残らない。廻船問屋としての信用にも関わる。今度のことは、どうか黙っていてくれないか」

二人の船乗りは、すべてを呑み込んで、立ち去りました。

それから徳兵衛は、無事なのかどうかも分からない、親船二艘を抵当に入れまして。
あちらこちらへ無心をして回り、なんとか百五十両の金を借り集めてまいりました。

この金を持って、その晩のうちに。
お百と大坂を逐電いたしまして。
一路、江戸を目指しましたが。

これすべて、毒婦の入れ知恵によるものでございます。

――チョット、一息つきまして。

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