::お知らせ:: [ 画師略伝 ] を開設しました

死霊解脱 累ヶ淵(一)因果の絹川

この怪異譚を友達とシェア

こんな話がございます。

有名な累ヶ淵(かさねがふち)のお話でございます。

下総国岡田郡羽生村の、絹川のほとりの集落に。
与右衛門ト申す百姓が住んでおりました。

この与右衛門には娘が一人おりまして。
名を累(るい)ト申しましたが。
実名で呼ぶ者は誰もいない。
村人たちはもっぱら、「かさね」ト呼んでいる。

どうして、かさねト呼ばれるのか。
そのわけはおいおいご説明いたしますが。
「るい」が「かさね」ト呼ばれるそのわけに。
このお話の恐ろしさが秘められているト申せます。

さて、この累(かさね)には難点がございまして。
それは、性根が捻じ曲がっていることでございます。
村人たちはみな、この女を嫌っている。

どうして、そんなに心が醜いのかト申しますト。
そもそも、器量が醜いからで。
顔が捻じ曲がっているのだから、致し方がない。
ト、人々はそう考えている。

実の父親の与右衛門も、我が娘ながら累が憎くてたまらない。
それでも妻を亡くし、父娘二人で暮らしておりますので。
そう邪険に扱うわけにもまいりません。

かてて加えて、累は生まれついての足萎えでございます。

与右衛門は、せめて婿のなり手があるようにト。
貧しくとも田畑を売らずに置きまして。
遺産として娘に残し、やがてこの世を去りました。

それからしばらくの間、累はひとりで暮らしておりました。
父の残した畑に豆を植え、それを刈り取って己の食い扶持にする。

そんな寂しくも慎ましやかな生活に。
突如、なだれ込んできた者がある。
流れ者の谷五郎ト申す男でございますが。
日頃の悪事が祟ったのか、この時、酷い熱に侵されていた。

村の誰も、乞食のようなこの病人を。
相手にしようとはいたしませんが。
ひとり、累だけが哀れに思い。
手厚く看病をしてやった。

性根が捻じ曲がっているとは申しますが。
あくまで、村人たちの勝手な偏見で。
累自身は本当は気立ての良い娘でございます。

器量の醜いのを気にいたしまして。
人前に出ようとしたがらないのが。
これまで誤解されていたまで。

流れ者とは言えど、そこは血の通う人間でございますから。
谷五郎も累の親切に、次第にほだされていきまして。
やがて二人は慕い合う仲となる。

南瓜を押しつぶしたような醜い女と。
脛に傷持つ兇状持ちとが。
一つ屋根の下で仲良く暮らす。

二人は仲人を立てて正式に夫婦となる。
谷五郎は婿入りし、二代目与右衛門を名乗りました。

ところが、男というものは現金なもので。
家と田畑が手に入ったとなると。
急に現実的になる。

累が慕わしく思われたのも。
熱にうなされていたからで。

スポンサーリンク

一旦、熱から冷めますト。
どうしてこんな女と、ト。
急に累が恨めしくなる。

家はある。
田畑もある。
だが、累がいなければならない理由はどこにもない。

思い立った、谷五郎の与右衛門は。
それから機会をずっと窺っておりましたが。

ある日、いつものように夫婦で豆を刈りに行きますト。
刈り終えた豆の枝を累にたくさん背負わせた。

「与右衛門さん、私にはちょっと重いですよ」
「いつか子供ができたら、精一杯養ってやらねばならねえ。ちょっと我慢してやってくれ」

与右衛門は累と子をなす気など毛頭ない。
いつもは行かぬ絹川土手に、累を誘って連れて行く。

「もう日が暮れますよ。こんな時分にどうして川へ」
「たくさん刈ったから、鎌がずいぶん汚れてしまった。ついでだから、川の水で洗って帰ろう」

正直で世間ずれしていない累は、言われるがままに。
豆のついた枝をたくさん背負って、絹川土手へ歩いて行く。
後ろから与右衛門がついてくる。

「累、お前も随分手が汚れたな。ここで洗ってから行くのが良かろう」
「どうせ家に帰るのですから、家で洗えばいいでしょう」

累もさすがに訝しがる。

「えいッ、うるさい。言うとおりにしろッ」

川に手を差し出し、かがんだ累を。
後ろから与右衛門が突き落とす。
重い荷を背負った累は、たちまち川底に沈んでいった。

やがって、手足をばたつかせ。
もがきながら累が浮かび上がってくる。

「お前さん、お前さんッ。おま――」

累が必死に助けを求める。

「成仏しろッ」

与右衛門が鎌を振り上げる。
額にぐさりと突き刺さりますト。
噴き上がった血しぶきが、累と与右衛門の顔を真っ赤に染めた。

やがて女は沈んでいきました。

その様子を村人ふたりが見ておりましたが。
ふたりとも、累を嫌っておりますので。
見て見ぬふりをいたしました。

――チョット、一息つきまして。